ラグビーワールドカップ、もうすぐ!

ラグビーワールドカップの日本開催が決まった当時は、古くからのファンである私たち夫婦の感想は「ちょっと無理じゃない?」
前回の南ア戦とその後の一時的人気をみても「でも、大会運営は無理じゃない?」と悲観的な反応だった。

今年初めのチケット販売の頃は、寄る年波で体調不良もあった夫も私も「見に行きたいけど、無理っぽいかな?」と消極的。
とりあえずチケット挑戦したものの、大変な入手困難で・・・しかし、これで逆に「見に行きたい!」気分が高揚!
キャッチコピーでは「大会は4年に一度、でも(日本開催は)一生に一度」とか~うん、なるほど!
頑張って頑張って・・・第3希望あたりの神戸での南アフリカとカナダの試合がとれました。


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チケット順次発送のニュースが流れてからは、毎日「発送完了」メールを待ちわびても、なかなか届かず。
忙しくしていてメールチエックを怠っていると突然の配送の「ピンポーン!」が。
「ウワッ、きた!」
孫パワーに押され気味の夏バテのヨレヨレのジジババの背筋がピーンと伸びた瞬間でした。

話にはきいていたものの、確かにきれいな和風デザインのチケットとチケットケース。
海外からの観客には好評なんだろうな。



そこで勢いずいて、再度、いや4回目のチケット販売にも挑戦すると・・・なんと第1希望だった花園球技場での試合が取れました。
知人がいるので、夫も息子も旅行したことがあり、大好きな国、大好きなチームのフィージーとグルジアの試合です。

ずいぶん前のジャージーを持っている夫は出してきて「これ着て応援に行こうか?」
息子は、(フィージーのヒーローである)「セルヴィのサインがあるTシャツがあるよ!」と。

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私としては、好きなチームであるオーストラリアが調子を上げてきたのが嬉しいニュース。

もちろんジャパンも・・・最終は誰が残るのだろう?
気の毒にこの時期に大けがで出場を逃す選手も各国にあるかと思えば、カムバック組もいて「よかったね!」と喜ぶ私。
オリンピックもそうですが、人生運不運もあるのでしょう。


さて、南アフリカの最近のメンバーもチャンピオンシップでチエック・・・ふむ、スパーラグビーではこの選手は見逃した、とか。
聞きなれた国歌も復習ずみ。
さすがにカナダは知らない選手ばかり・・・「ヒラヤマ」という日系選手も長い間活躍していたけれど。
今は夏バテ状態の老人夫婦ですが、来月からはシャンとして応援に行く予定!!!

足が悪く、急こう配の階段で大観衆の人波もまれるのは心配ながらも・・・「杖を振り回して歩くわ!」と鼻息荒い私です。

「水曜日の凱歌」 乃南アサ 新潮文庫

乃南アサは好きな女性作家のひとりであるが、しばらく読んでいなかった。
新刊案内にはマメに目を通しているのだが、この本の出版は知らなかった・・・文庫の初版は平成30年だが、一般書としては平成27年7月に出ている。

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これは小説。
この史実を扱ったノンフィクションは、「敗者の贈物」という題でドウス雅代が書いているのを読んだ。
後に「「マッカーサーの二つの帽子」と改題されたが、どうしてだろう?
「敗者の贈物 国策慰安婦をめぐる占領下秘史」というのが正式なタイトルだが、まさしくそのタイトル通りの策であったのに。

終戦直後、占領軍の進駐に伴う「日本の婦女子の純潔を守るため」、防波堤として性産業の人物などが中心となり兵士専用の売春宿を国策としてひらき歓待して、一般婦女子を性犯罪から守ろうというもの・・・まさしく「敗者の贈物」である。
うろ覚えの記憶では、過去ドイツなどの敗戦国では、そういうものはなかったとか。

唐人お吉の時代の発想と同じというわけだろうか。
ただし、この策は、性病の蔓延によりGHQから廃止を命令されている。

その史実を小説として書かれたものだが、主人公の環境は少し違う。
男装することで身を守らされた裕福な家の娘が主人公。
裕福でやさしい両親と兄弟に囲まれて生活していた主人公だが、父は事故死、兄たちは戦死、姉や妹は焼死して、母と二人が残る。

娘には優しかった父だが、夫としては妻を支配するタイプだった。
勉強好き、それも英語が堪能だった(戦前に女学校で教育をうけた)母は、まず父の友人の援助をえて進駐軍の特殊慰安施設で通訳として働き始める。
水を得た魚のように、英語を駆使しその組織の中で管理担当としての能力を発揮しだす母。

日本人である父の友人から、GHQの高級将校へとパトロンを変えつつ生活のステップアップを図る。
娘には「生活力を付けるため」寄宿舎付きの女学校への進学を画策する。
それは愛人との生活のために、娘を追い出すため~と、娘は反発する。

ノンフィクションと小説とでは、視点が違うのは当たり前。
だが、著者の年齢や時代が、同じ時代を描いてもこうも違うのかな~と、思いながら読んだ。

ドウス雅代は、現在は80歳くらいか?1970年代の作品だった。
一方乃南アサは、50代後半? 
もともとエキセントリックな主張はしないタイプだし・・・

松阪と伊勢神宮

7月初めのことだが、松阪と伊勢神宮へ旅行してきた。
ここ2年程いろいろあったので、夫婦としては2年ぶりの旅行である。
書きたいことは多いが、とりあえずざっくりと記録だけしておこう。



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松阪は初めて。
写真は、松阪城の石垣。
石垣のきれいな城跡と聞いていたので、結構な坂道を石垣を眺めながら歩く。

まだ梅雨が明けきらない時期だったので、蒸し暑いが、雨に洗われて景色は美しい。

資料館でいろいろ見て、お菓子もいろいろ(城下町は、どこも和菓子がおいしい!)、もちろん松阪牛のランチも。



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翌日は伊勢。
写真は、五十鈴川。
大阪の小学生の修学旅行の定番は伊勢参りだったので、その後も行ったことはあるが、ゆっくり回ったことはなかった。

雨の中、月夜見宮 ⇒ 外宮 ⇒ (お茶タイム)内宮 (再びお茶タイム・定番の赤福) ⇒ 月読宮 ⇒ 神宮博物館
というコース。

なかでも神宮博物館は、訪れる人も少なく、静かな建物で、展示物もとても良かった。
写真は、神宮博物館。
学生の伊勢路駅伝で、チラッと映るところ。

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「ビール職人の醸造と推理」 エリー・アレグザンダー 越智睦・訳 創元推理文庫


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食べ物がらみの海外コージーミステリーのたぐいが好きである。
これは、ドイツのビだのワイナリーだのコーヒー園だのが舞台で、五感が刺激される。ビール醸造所で有名な街を模したアメリカ西部にある都市が舞台。
ドイツからの移民を発端に、大小のブルワリーが並ぶ街である。

その老舗のブルワリーの一つは、勤勉なドイツからの移住者夫婦が始めたもので、2代目の息子二人には残念ながらビールつくりの才能がない。
事情があって家族がない長男の嫁は、血を受け継いだかのような才能を見せる。
ヨメで持っているかのような家族経営のブルワリーだが、なんと長男が浮気をして別居。
才能があるヨメは、新しいブルワリーの開発スタッフとなり、そこで殺人が!・・・・って書くと、ちょっと小説の明るい雰囲気と違うかな。


ワインつくりに適した土地とビールつくりに適した土地とは似ているらしい。
ただし、ビールにはホップが必要だ。
小規模というか個人で醸造を楽しむ人が増えて、ホップの需要が追い付かない~という状況での殺人である。

ビールの話、併設されているパブの料理(おつまみというか)が、ビールに合うデザート(ナンダソレ?)とかが登場。

そういう楽しみが、コージーミステリー。
伏線があり、里親に育てられた天涯孤独のはずの主人公(ヨメ)に、家族がいるのでは????というところで、この小説は終わり。
第2作は、アメリカでは出版されてるようだが、日本でも翻訳してほしいなぁ。

ところで、原題はDeath on Tap である。
なんでこんなタイトルにしたのかしら???

グリーンカーテン

ちょっと間隔があいたので、心配してくださる友人もおられることと思い、近況報告を兼ねての記事です。

我が家の台所は、東と南に窓があります。
南側は、外に桟があり、道にも面しています。

日当たりもよく、いえ良すぎるので、冬は気持ちよいのですが夏は・・・😞暑い!

以前から、窓の外にアサガオのプランターを置いてみても、なかなか窓全体を覆うというところまではいきません。
好きではないゴーヤを、「たくさん実がなったらどうしよう?」と皮算用しながら植えた年は、さっぱりの出来。
幸か不幸か、ちっとも実ができなかったのです。


今年はキューリにしてみました!

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台所の窓から(桟の隙間から)、手を伸ばしてキューリを収穫!
5分後には食卓へ!

7月初めからツルがどんどん伸びてきて、いい感じのグリーンカーテンの出来上がり!
大満足の夏の予定でした。


ところがドッコイ。
窓からはみえない下の方の葉っぱが枯れ始めてきました。
大きな葉も、なんだか枯れ気味???い8月になると、どうも葉がどんどん枯れてきそうな気配です!
アララララ~。

「落花」 澤田瞳子 中央公論社

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登場人物は、平将門。
関東の地元はいざ知らず、一般的には歴史上の謀反人。

語り部のような役は、仁和寺の僧の寛朝で、この人は宇多天皇の孫である。
この本では、父は、醍醐天皇の同母弟の敦実親王で政治の中心にいる。
実母の出身のせいか疎まれた存在である寛朝は、幼い時期に一族にゆかりの仁和寺に入れられる。

歌(和歌ではなくsingの方)で才能を見せるが、本人は父に認められない不満を持っている。
都を捨て東の国に去った僧を追い、関東に赴く。
そこへ父がつけてくれた供の青年は、父からのお目付け役と疑いの目で見る。
その青年は青年である目的をもって関東へと向かいたい。

そんな寛朝一行の目の前に、さっそうと現れたのは平将門。
片方の幾人かの武士とも会い、前もって聞いていた人物像とは違う将門に心惹かれる。
公家の世でない、武士の論理でおさめる時代がいずれ来ることも感じながら、その争いのさなかに巻き込まれていく。

女性作家とは思えぬ、戦場、騎馬に踏みつけられる武士たちの累々たる死骸の山の描写。
殺戮や略奪の描写の迫力にビックリ。
同じ歴史資料を使っているだろうと思われる高田崇史のQEDシリーズの淡々とした描写とはずいぶん違う。
あまりの迫力に、ちょっと腰が引ける。

澤田瞳子のツイッターを見ているのだが、あるとき仲間の作家さんのものをリツイートされていた。
何かの戦闘シーンを書くために、朝早くから激しい戦闘シーン満載のDVDをみたら、気分高揚どころか気分が落ち込んだ~という一文があった。
そうか、作家さんもご苦労なことだな、と思った次第である。

音楽の祭日2019 in みんぱく

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毎年、夏至に近い週末に国立民族学博物館で開催されている。
今年は、もう17回だそうだ。

ここ数年、いつも「行きたいな」と思いつつ、行けないでいた。
私たち夫婦は、今日が初めての参加である。


パンフレットによると、1982年フランスで始まった「音楽の祭典」にならい、世界各地に広まった催しだそうだ。
昼が一番長い夏至の日は「うれしい、楽しい」と、いかにもヨーロッパ的発想。
北欧でも、こういうお祭りを聞いたことあるなぁ。

みんぱくでは、プロアマを問わず、いくつものグループが、世界の音楽を、世界の楽器で演奏する。
インドネシアのアンクロンという竹の楽器あり、ウクレレあり(なんと南米の楽器アゴゴが、リズム楽器として参加)、アフリカの太鼓や日本の太鼓(これは聞いていない)、スチールバン(スチールドラムみたいなもの)あり。
ヨーロッパの教会音楽で使われていた、今は現存しなくなった古楽器あり。
最後は、インドネシアのガムラン、舞踊付き演奏もあり。

なんだか世界一周してきた気分だ。


朝いちばんの演目(アンクロン)を見たくていったので、午後には帰宅予定が、楽しくて結局夕方まで堪能した。
想像以上の多くの観客、親子ずれやら高齢者カップルやら、若者たちやら・・・にぎやかに、2か所の会場をうろうろ。
といっても、20メートルも離れていない常設館と、特別展用の会場とである。


楽しかった!!! でも、疲れた!!!

「刑事の怒り」&「ガーディアン」 薬丸岳 ともに講談社

先日、約一か月ぶりに、あるカルチャーの教室に出席した。
どうしているのかと心配してくださっていた先輩お二人。
一人の方は「ブログの更新があったから、元気みたい」と、伝えてくださっていた。
ご心配いただき、感謝です。

さて、この2冊は、5月にアップした「刑事のまなざし」薬丸岳の本。
図書館のHPを検索したついでに予約をいれておいた。




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 「刑事の怒り」 薬丸岳  講談社

息子に借りた「刑事のまなざし」の、シリーズである。
少年院で心理調査をしていた主人公が、娘が事件に巻き込まれ、そのまま意識不明が続いていることから、警察官に転職したという設定。

その第2作で、主人公は、娘の事件の容疑者を逮捕し、また娘の状態も改善し、職場が転勤の内示をうける。
スーツケースに入れられた遺体が発見される。
同居していた娘は、どうもそのスーツケースを前に食事していた形跡あり。

それが、いろいろと発展し、外国人犯罪やら、新しい職場での同僚の女性警官の過去の被害歴がわかり・・・

ちょっと思いがけない結末だ。
こういう「やさしいまなざし」を持った警察官が必要ではあるが、それでは追いつかない犯罪の凶悪化があるのも現実。




  「ガーディアン」 薬丸岳 講談社
中学が舞台の話。
荒れた学校が、教師や親が知らない間に、急に落ち着いてきた。

問題行動を起こした生徒が、なぜか不登校になってしまう。

実は、生徒による自警団ができていた・・・という話。
この手の小説は今まででもいくつかあると思うが、私はちょっと苦手な分野。


「烏に単は似合わない」 阿部智里 文春文庫

何か新しく好きな作家さんのシリーズを見つけたいな、と思ってからかなり日がたつ。
なかなか目新しいシリーズが見つからない。


このシリーズは「松本清張賞受賞作品で、歴史小説の一端を担うもの。
しかも作家は、史上最年少受賞となった20歳の女子大生と、紹介されている。
(ただ大学生とか学生でいいのに、なんで女子大生とわざわざ書くのかな?)

書店で、何度も手にしては置いていたのは、その世界が人間ではないこと。
八咫烏が、人間の形をとり暮らしている世界・・・ファンタジー?ミステリー?


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表紙絵で分かるように、人間世界の平安朝を模している。
八咫烏の貴族は、鳥の姿に戻ることすら忘れた高貴な存在らしい。
アリやハチの世界のように、下々の八咫烏は「馬」と呼ばれている・・・なんで馬???

あれやこれやの突っ込みどころはあるものの、おもしろいといえば面白い。
八咫烏という神話の世界の、霊力のありそうな存在を人間に擬しているのも、作家の目の付け所なのかな。
ハトや普通のカラスでは、こういう想像は成立しないものな。

妃選びがあって、それにより外戚の権力の拡大があり、いくつかの(ここでは東西南北家の)勢力争いがあり、
ロミオとジュリエットみたいな恋愛あり・・・結構、満腹気味。

もう1~2冊お付き合いして読んでみようかな。

「犯人に告ぐ2」上下 雫井脩介 双葉文庫

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息子が貸してくれた本・・・返すと「また、本の扱いが雑い!」と叱られた。
読みやすくするために、本を無意識にペキッと折って開けやすくするクセがある私。
本を汚さないように丁寧に読むタイプの本好きもおられるが、私は「本は読んでナンボ」というタイプ。
熱心にページをめくると、やはり丁寧さばかりでは~と、思っている。


さて、この本の話の初めは振り込め詐欺の話。
背景には暴力団の組織的なノウハウの蓄積がうかがえるが、いろいろな分野別の人物を雇っての振り込め詐欺の様子から始まる。

会社の同僚を名乗り、息子の不始末を公にする前に収めようと、高齢者夫婦に持ち掛ける。
下調べも丁寧で、電話での直接の会話から様子を探り、請求する金額(相手に出させる金額)を即断する専門家もいる。
お金の受け取り役も、年齢や話し方によって、人選する役もいる。
そういうリーダーは、職を持ち、とりあえず普通の生活をしている・・・フ~ン、ナルホド。


で、話は転換して、彼らが誘拐犯罪にかかわっていく。
その発端というのも、内定企業からの突然の内定取り消し。
ナルホド時代を表しているともいえる。

警察を出し抜いての身代金のやり取りは、初めの振り込め詐欺のノウハウを応用する。
ほう、そうくるか~と、なぜか納得する。

「おもしろかった」と言っては語弊があるが、でも、おもしろかった。

夏野菜の季節

2年続けてGW後に入院した夫。
親戚3名でしている畑での野菜作りも、それぞれお年頃でいろいろあり、2年連続して不作でした。

今年は、夫も含め元気な三人の爺さんたち。

放置しても実のなる玉ねぎに始まり、キュウリやナスが収穫できる時期になりました。
トマトやトウモロコシも期待していいかな?


読んでくださる方の中には、夫のこともご存じの方もおられるので、元気な報告もかねて野菜の写真をアップします。

「採れ過ぎて困ったら、もっておいで、食べてあげるよ」という声も聞こえます。
近い方には、そうしたいのですが。


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庭にも、ちょっと家から離れている畑とは違って、すぐ使えるものが植えてあります。

窓の日よけには、試行錯誤の末、今年はキュウリ。
でもプランターと畑では、土壌の栄養が違って、サイズは小さめ。
捕らぬ狸の皮算用ですが、いっぱいキュウリができたら、どうするつもり?

これはラデッシュ。
プランターの中で窮屈そうに身を寄せ合っています。





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「刑事のまなざし」 薬丸岳 講談社文庫

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先日読み終えたばかりの本である。

昨日の川崎での事件の報道を見て、マスコミのあり方も論議されているのも見て、この本の感想をアップするのがためらわれた。
この本自体は、2011年出版。


少年院にいた経歴の男が、またその経歴を知られリストラされる。
その同時期に、近所で殺人事件がおこり、当然(警察としては当然のながれだろう)、その男も捜査線上にすぐリストアップされる。

そこで会った刑事は、かつて少年院では法務技官として働いていた人物。
なぜ?
転職?

幼い娘が、連続通り魔事件(と、されていた)で、頭部を殴打され、もう10年植物人間状態でいる。
それが原因で、転職して警察官となり、念願の刑事部所属となったばかりの刑事が、この短編集の主人公。


ちょっと感想を書く気になれないので、とりあえずここまで。

この作家は、こういう犯罪被害者家族の視点での作品も多そうだ
兵庫県明石市出身の中年作家・・・例の神戸の事件を、身近に感じた世代だから、こういう視点を持つのかもしれない。

奈良国立博物館 藤田美術館展

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大阪にある藤田美術館は現在工事中で閉館である。
夫に「これ、行こう」と誘われても「なんで?大阪に直接行けばすむのに?」と思ったものであるが、リニューアルまで待てないな、奈良まで行かなきゃあな~と思った次第である。

「曜変天目茶碗」が、なんといっても目玉の展覧会である。

10連休のGW、長いから観光地も分散されるだろう~と、GW中の奈良行きを計画していたら、なんのなんの連日のすごい人出のニュース。
博物館のHPを見ても、毎日の「混雑状況」はすごい有様・・・なので、すいているだろうと今日(5月21日)に行ってきた。
雨が朝まで残る曇った日だし、平日だし~と思っていたら、奈良駅からのバスの長蛇の列にビックリ!
アララ~甘く見てしまったな。

曜変天目茶碗の前の列も、やはり40分待ちだった。
展示場の中央、照明も落とし黒いパーテイションで区切った一角に展示してある。
誰かが言っていたけど、暗い所に目が慣れて、そこへ輝く茶碗が目に入ってくるのだから、より美しい。

思わず、全然見知らぬ隣で見ていた人と「きれいですねェ~」と声がでる。
列が離れて待っていた夫に、先に見てきた私が「きれいだよ~!」と話しかけた。
あまりそういうことを言わない私だそうで、これはよほど美しいに違いない、と確信したそうである。

ほかには玄奘三蔵法師の絵巻・・・京都の龍谷ミュージアム以来の「玄奘さん」である。
ちょっとしたいきさつで、私が好きな方である。


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なら仏像館も、今回はゆっくり回る。

予報に反して、好天気の奈良公園。
修学旅行生と外人客がいっぱいの公園を、相変わらず鹿さんたちが闊歩している。
関西育ちの私たちにはオナジミの景色だが、他県や外国からの方々には珍しいのだろうな。


そのあとは、久しぶりの興福寺。
いつの間にか発掘作業が済んで整備されていた・・・何年来ていないのだろう?

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写真を撮ってくれないかと、外国人女性に頼まれて夫がとってあげたら、続いて日本人の中年夫婦にも頼まれた。
「五重塔の頭まで入れますか?途中までで人物中心?」と、(他人には)親切な夫がリクエストに応えている。

関西人は親切ですよ~いくらでも頼んできてね~と、自撮りが嫌いな私は思う。
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「『暦』の不思議」 中牧弘允 イースト・プレス

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正しいタイトルは「世界をよみとく『暦』の不思議」である。

偶然昨年暮れに購入したが、ちょうど改元の時期に読むことになった。
たった今、カイゲンの転換ミスで「戒厳令」などが出てきたが、そんな物騒なことが起きる年号にはならないように~と願うばかりだ。

そもそも暦とは何か~に始まって、世界ではいろいろ存在する暦のこととか面白い。

古代、暦は農業生産と深いかかわりがあった。
暦に基づき、農作業の手順が決定する
種類別の種まきの時期とか、取入れとか。
なので、農作業のない冬には暦は存在しなかった、とか。
太陽観測がその原点だったわけだ。



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新しいPCでの久しぶりの投稿で、ちょっと戸惑っている。
今回は手抜きして、もう1冊のタイムリーな本を紹介して、今回はこれにて終了。

いつもよく書いている民族学博物館の季刊誌「季刊民族学 168号」のご紹介。
特集は「暦をめぐる、世界をめぐる」である。

表紙写真は、ペルーの年中行事(暦とかかわり)の祭り祝日の様子。
中南米や東南アジアやモンゴルの様々な情報がおもしろい。

PCダウンにつき休んでいました

しばらくアップもできませんでしたが、それでも以前のものを読みに来てくださった方もおられました。
ありがとうございます。

ケータイもPCも完全ダウンで、悲惨な(?)状況でしたが、やっと落ち着いてきました。
高齢夫婦には、頭も体も(肩こり!頭痛!)

「具合が悪いの?」なんて心配してくださるありがたい友人もいるので、とりあえず近況報告まで。

写真もないですが、ブログ開始の〇周年(何年だろう?)のご挨拶もかねて。


(5月5日追記)
愛想がないので(大阪人には耐えられないことです)写真を追加。
庭のトマトです。

いろいろありまして、昨年一昨年と、GWはいろいろ忙しいというか静かに過ごさざるを得ない状況でした。
おかげさまで、今年のGWは老夫婦とも元気。
庭のトマトのお世話もできています。感謝。



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サクラ 岡崎城

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3月の20日過ぎに、愛知県岡崎市に行った。

ここ関西では、まだ満開とはいかない。
でも、なんとなく地理的に静岡に近い愛知県東部・・・そこそこ満開だろうと勝手に想像した。

3日前の岡崎城公園のニュースでは「ツボミ」、前日は「1輪咲いている」と。
でも、暖かい日だと一気に咲くので、3分咲きくらいにはなるかと思ったが、残念。

せいぜいこの写真ぐらいだ。

とはいえ、目的は友人のお墓詣り。
ツバキだのアーモンド(サクラみたいだった)の花を見て、お参りできたのだから贅沢はいえない。
「次は満開のころにお参りに来たら?」と、お墓の主に言われたようなものだ。
ハイハイ、また来るよ!



たぶん、今年度のブログはこれで終了。
公私ともいろいろあってへこんだ1年でしたが、平成も変わることだし、気分も変えて、新しい年度を迎えたいと思っている。

大阪造幣局の工場見学

「造幣局?お金作ってるところ?できたてのお金をもらえるの?」と、孫の恐るべき誤解のもと、工場見学に行ってきた。
たしかに、通常の工場見学なら自社製品をオミヤゲにくれるけど・・・・造幣局は、無理でしょ。

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この写真、当然ながらガラス越しである。


全国で3か所あるという造幣局、大阪と広島と埼玉だそうだ。
関西在住者にとっては、造幣局といえば遅咲きのサクラの「通り抜け」で有名な場所である。


私が小学生だったころ、やはり学校からバスで工場見学で行ったところ。
車酔いして、気分が悪いまま工場内を歩かされた記憶がある。
あれ、そのころとあんまり変わってないわ!


見学したのは平日だが、卒業式のために下の学年は授業がない日。
小学生二人の孫とジジババが工場見学を申し込んだ。
同じ見学班に、小学生の親子が数組いたので、ガイド役の方が「今日、学校は?」と不思議そう。

ジイジの母校がすぐ近くなので、往路に校門前で写真を撮ったり、隣のセンプカンを見せても孫の興味はない。
ところが、造幣局博物館の館内クイズで「せんぷかん」(泉布観、明治天皇が来られた)の問題があった。
得意気に正解を教えるジィジである。


平たく言えば、「硬貨の製造」は造幣局で、その技術を使ってメダルや勲章の製造もおこなっている。
ただし製造量の調整などはせず、財務省の注文数だけ製造するのみ。

「紙幣の印刷」は、日銀が印刷数(発行数)を調整する。 印紙やパスポートも、同じく印刷局で行う。
はい、コレ、付設のミントミュージアムのクイズの第1問。


製品(?)が小さいので、工場見学と言っても、様子は分かりにくい。
1円や5円の製造は、すでにストップ状態とか。
500円硬貨の製造がほとんど・・・写真も500円硬貨。

最初の製造過程ビデオを見て、工場でもモニターをみて分かるが・・・・
出来たてほやほやの硬貨を、見学の窓越しに見せてくれているが・・・・ケーキならともかく、熱せられて伸ばされようが、きれいに処理されて製品になろうが・・・マッ、さほど興奮するものではない。



造幣博物館の展示は、歴史好きにはおもしろい。
銭形平次の使用したかもしれない(?)小銭は、コレか?  
はい、これもミュージアムクイズにあった。
竹流金という、ユニークな金塊とか・・・昭和10年に旧淀川で発見された?へエ~!



意外な楽しさ発見の造幣局見学だった。
そうそう、7千万の金塊も触ったし・・・・

千両箱も持ち上げたが(中身はお金ではない)、20キロほどあり、とても重い。
千両箱を軽々とかついで屋根の上を走って逃げる江戸時代の泥棒さん。
ちょっと現実には無理だったのか、昔の人は力持ちだったのか~と、孫と激論をたたかわす。
いやいや、工場見学の趣旨とははずれてますが・・・

「蘇我の娘の古事記」 周防柳 ハルキ文庫

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「蘇我の娘の古事記」 周防柳 ハルキ文庫
何か新しい歴史物のオキニイリの作家さんを作ろうと探しているが、イマイチぴったり私の好みに合う作家さんが見当たらない。

この作品は、文庫化されたのこそ最近のことながら、数年前から注目されている方のようだ。 
男性作家かと思っていたら女性作家。
読み終わるまで気が付かなかった。

女性作家かかなりの割合で、登場人物の心情に感情移入するみたいに、私には感じられる。
細やかな筆致で・・・というのも、やや苦手。
または、あえてその逆をいくタイプも・・・あくまで私の感想だけど。

この作家さんは、読み終わってネットで写真をみるまで気が付かなかった。

ところで、時代は「乙巳の変」。
私の世代には「大化の改新」だ。
そうか「改新」といえば、以前の誤謬を一掃して新たな一歩を進んだ~という価値判断が入るからなんだな。

様々な口伝による話を資料として収集する仕事をしていた渡来系の官吏の一族。
蘇我氏の知られていない女児を、わけあってわが娘として育てている。

聡明だが盲目の娘は、耳で聞いたことは忘れないという聡耳だ。
権力闘争の中、渡来系の一族はその安全のためにあるじの命に従い・・・・
一時は打ち捨てられた国史編纂の資料を、整理して完成させたのは、その盲目の娘、今は老女という話だ。

「エンフバトー家のモノ語り」 堀田あゆみ 写真・解説

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正確には、「モンゴル遊牧民 エンフバトー家のモノ語り」 堀田あゆみ 写真・解説 テクネ発行

民族学博物館には、数年前までモンゴルの草原で使われていたゲル(天幕)が展示されている。
エンフバトー家から、新しいゲルで遊牧民生活を続けるという条件で、生活用品やらすべてを購入して移築(?)されたものだ。
ちなみに、写真とか個人的なものは、記録された後で返却されたとか。

その交渉に携わった研究者の現地での生活の記録の写真集である。
今、目にするゲルや生活用品は、このようにして実際に使われたのだなァ~。

モンゴル現地での生活の中で、どのような自然環境で四季を過ごしているのか。
ゲルの構造・・・生活用品の細々としたものを、どのように使っているかを書いてある。

結婚を機に、新調されたゲルやベッドで生活を始めるらしい。
 →日本の婚礼道具(これもかなり死語だなァ)との似たような点や違う点あり。

羊が大事な人たち。
羊の毛刈りハサミ・・・・その作業の間に、同じハサミを使って家族の散髪もするのだそうだ、ヘエ~。

日本でもあった長持(ナガモチ、これも死語?)の中には、私たちと同じような生活用品が収納されている。
 →そういえば、日本でも、転居を繰り返す人の収納はこういう感じかも。


ボランティアで、小学校の体験学習のお手伝いをしている私なので、モンゴル担当の時もある。
「ゲルの中は、半分が女性で半分が男性の場所らしいです、どっちがどっちか分かりますか?」と問いかける。
「右が女性で、左が男性!」と正解が返ってくる。

「すごいね、ナゼわかった?」
 ボランティアを始めた4年前は「「右に台所用品がある」という答えが多かった。
 今では、そのように説明してもキョトン???
 そうか、家庭における男女の役割が、どんどん変わっているんだ!
 なぜ台所用品は、女性専用なの?~という認識なんだろう。


この展示されているゲルの周りには、ソーラーパネルにパラボラアンテナ!
小学校低学年での見学が多いせいもあり、数年前なら子どもたちは、正しい単語が出てこない。
「ああこれか、なんとかいうアンテナだけど、なんというの?」
「ボラボラアンテナ・・・だっけ?」
「太陽の光を利用する・・・え~と、太陽ナンチャラや」という、かわいい応答。

最近は、スラスラと「ソーラ―パネル」や「パラボラアンテナ」とい言いながら書いている。
「よく知っているね」というと「ウチにもあるよ」「隣の家にもあるわ」と・・・・・

思わぬところで、時代の流れの速さを実感!
「ありがとう」とあいさつしてくれる児童に、「こちらこそ、勉強させてくれてありがとう!」と思っている。

「なくなりそうな世界のことば」 吉岡乾著 西淑イラスト 創元社

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「なくなりそうな世界のことば」 吉岡乾著 西淑イラスト 創元社
2017年12月に購入した絵本というかイラスト本だが、アップはしていなかったようだ。

クリスマスに、家族にプレゼントのつもりで購入した、ホッコリする本だ。
世界でなくなりつつある言語(ほとんどは話者の減少)を記録したものだが、読んだときには著者の意図を誤解していたようだ。

なぜわかったか・・・・著者の、(この本に関するものではないが)講演を聞く機会があった。
偶然参加したので、ちゃんと講演者のチエックをしなかったので、途中で気が付いた。
アッ、あの本の先生だ!


いくつか例に取り上げている「なくなりそうな言語」に、私にはなじみがある地域のフイージー語とハワイ語があった。
為政者(それぞれイギリスとアメリカ)の押しつけた英語を公用語とする歴史がある。
それはかれらの元からあった言語の喪失は、世代間の断絶を産み、民族としてのアイデンティが失われた~という主張が著者にはあるとばかり思って読んでいた。

ところが、そういう主張は私はしません、と講演会で断言された。
出発点の理解が違っていたのだ!


お若い先生の世代は、とくに研究者は、ものごとの価値判断を極力避けるようだ。
事実を事実としてのみ提供する。
背景に価値判断を含む言葉の使用を避ける、という姿勢がよくわかった。

写真を示して「これは何と呼ばれますか」、「ハアなるほど。私はこれを○○と呼ぶのですが」と、高齢者の多い受講者とのやり取りも、なんとなくおもしろかった。


改めてパラパラとこの本を読むと、オモシロイ。
たとえば・・・

東西南北で方向を示すのが科学的ではあるが、地形により「山側」「海側」「川沿いに上流へいく」という単語をもつ民族では、その方がずっと実際的だ・・・・フンフン。

家畜のフンを貴重な燃料としている民族では、「羊のフン」「馬のフン」など言葉の種類がたくさんある。
新しいフンは、柔らいので保存のために成型する女性にはありがたい・・・だからなのか、それ専用の単語がある。

語彙や表現の違いは、背景に文化の違いがある、といってしまえばそうなのだが。

改めて読み直してホッコリ気分に浸った。

でも消滅する言語・・・・大上段に構えて「民族のアイデンティといわずとも、家族や親族の誰かが、おじいちゃんおばちゃんの言葉を覚えて、母語で会話するってことは、ないのかなァ。