映画「リメンバーミー」

メキシコでは「死者の日」というのがあって、祖先とのつながりを大事にする。
民族学博物館のアメリカ展示に、骸骨人形があり、「死者の日」の説明がある。

いわば日本の「お盆」のように、あの世から祖先が帰ってくる。
写真を飾り、好物やら、骸骨型のケーキなど供え、お迎えするのだ。
死者である骸骨人形も「怖い」ものではなく、トランプをしていたり、楽器演奏していたりミシンを踏んでいたりと、ユーモラスな存在だ。
博物館の中に、いくつか私の「お気に入り」があるが、骸骨人形もその一つ。

2016年5月に、絵本「おばあちゃんのちょうちょ」をアップした。
これも、死者の日に関する絵本だった。
骸骨クッキーの供えられた祭壇のシーンがあった。

ディズニーの映画「リメンバーミー」の話を聞いていると、どうもその死者の日や骸骨人形に関する内容らしい。
「見たい!」と、孫たちが行くのに同行した。


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ディズニーの解釈が入っているのだろうから、「現世で忘れられると二度目の死がくる」というのは、本来のメキシコの考え方とは違うかもしれない~と、思いながらも、メキシコの雰囲気をタップリ味わえる映画で、楽しんだ。

現世で、亡くなった祖先の写真を飾り思い出を語り継ぐことによって、人は永遠に生きることができる。
メキシコに限らず、祖先祭祀は、世界中で似たような考え方が土台となっている。

映画では、大祖母の両親のことが話の中心。
思わず感激の涙を流す・・・いい映画だった。
隣の席に座っている孫をみて、「彼が、その孫に私のことを語ってくれるかな、語ってほしいな」と、エゴ丸出しながら痛感した。

今年はこの主題歌が流行るのかな?
ところで、この主題歌「リメンバー・ミー」邦題は「忘れないで」になっている。
映画のオリジナルタイトルは「Remennber me」。
この言葉の使い方の違いに、なぜだろうと思う。
ドント・フォルゲット・ミーでは、少し違うよな。

「忘れないで」と日本語で言うと、「忘れ物をするな、みたいな感じがする」と、ママ(オヨメちゃん)がいう。
そうねェ~確かに。
日本語と英語のニュアンスの違いかしら?

「シネマ・ミリタンと女性映像作家」 園山水郷 パド・ウィメンズ・オフィス

著者略歴によると「映像作家でもある映像研究者」と紹介してある。
共通の知人がいて、お茶しながらお話を聞く~というチャンスをいただいた。
関心領域、研究テーマなど、どのように選ばれてきたのか、現在の研究の立ち位置は?、など、ゆっくりお話しできた。


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2冊書いておられ、もう1冊も、前もって読ませていただいた。
タイトルは「性と検閲」。
日仏の検閲制度の変遷の比較、つまりは社会の性表現への寛容度や内容の変遷、とでもいうべき内容だった。

私より「ずっと若い世代」と聞いていたのに、うっかりして読後感から、自分に近い世代と誤解した。
会ってビックリ、若い!・・・・そうか、女性解放運動の影響を少なからず受けた私たち世代の、その結実がスタート地点にすでにあった世代の研究なんだ・・・と了解した。

今、手もとに今あるのは表記の本。
「シネマ・ミリタン」というのは、直訳すると「戦闘的な映画」、端的に言えば「政治参加した映画」と考えてよいそうだ。
1968年のフランスの(というか全世界的な学生運動の高まりのころ)を機に、成熟していった映画ともいうべきもの・・・だ、そうだ。

70年代に青春を過ごした我々世代には、直接の政治活動への参加経験はなくても「おお、あのころのフランスの熱気!」「当時の日本は・・・」と、懐かしくもあり、当時の空気が容易に思い出される。
当時のフェミニズムとの関連など、「そうだった!」と。

取り上げられているのはキャロル・ホソプロスという映像作家。
私自身は映画に詳しくないので、細部は(特に「性と検閲」の方は)分かりにくいところもある。
ただ社会意識との関連という部分では、とても興味を持った。


別の日に、ある翻訳家さんとも会える機会があった。
韓国ミステリーの翻訳家さんだ。
本の話題ではないことで、そのかたの講義を受けたが、話の端々にミステリーの話題が出てきて、興味深かった。
ただ今、訳書の到着を待っているところ・・・・。
今年は、本から得られる知識の収穫が多そうで、「こいつは春から縁起がいい!」なんて思っている。
嬉しいな!

「夏の雷音」 堂場瞬一 小学館文庫

いつも思うが、う~ん、タイトルのつけ方の趣味が、どうもイマイチの作家だなァ~。
とにかく多で、いくつものシリーズがありすぎて、満腹気味だが、やはり買ってしまう作家さんである。

これはシリーズものではない。
背表紙の解説を見ると「本の街」「神保町」「「ギター」・・・とキーワードが並ぶ。


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ぱらぱら読むと、ヴィンテージギターの超高級品、それもロック系のギタリストが使用した幻のギターをめぐっての、盗難事件が殺人事件へとつながる~という話。

神保町で生まれて育った主人公は、今は神保町にある大学の法学部の准教授。
楽器店(高級中古ギター専門)の店主の友人に、盗難事件の相談を受ける。
その友人も、捜査にあたる顔見知りの刑事も、みな先輩後輩・・・狭い世界だこと。
京都を舞台にする小説と相通じる「狭い社会」の独特の雰囲気が、おもしろい。

ついでに書くと、この事件は大学の夏休み中に発生する。
海外に行きそびれて、久しぶりに真夏の都会にいる主人公が「暑い」「いつのまに、日本はこんなに暑くなった」と愚痴をこぼしっぱなし。
東京でしょ?甘い甘い、関西の蒸し暑さと比べたら・・・・

さて、音楽好きではあるがロックには詳しくない主人公、盗まれたギターの価値も、いきさつも、種類もチンプンカンプンである。
もちろん一般読者も分からない。
主人公が、研究者らしく、周辺事情の資料を系統だてて押さえて行ってくれるので、読者も、だんだんヴィンテージギターの世界に詳しくなっていく。

○○のCDの△△の曲のレコーデイングに使用されたギターはナントカントカで、それゆえに演奏が~で・・・なんて、知りませんがな、そんなこと。
それが、ホホゥ~そんなんだ、となんとなく事情が呑み込めるのだから、そこは作家さんの腕の冴え!
実はこの幻のギターは~という話のキモも、マニアックな捜査方法で浮かび上がってくる。
うまいなァ~、この話のつながり具合。


「ねえねえ、ロック好きのKちゃん、こんな小説あるのよォ~」と、思わず友人Kにメールを書きかける。
でもね、Kはメールの届かない世界に行ってしまった。
なんだか寂しくなってしまった。
作中の、趣味も違うのにウマがあった後輩が亡くなってしまった主人公の喪失感・・・ちょっと、私の想いと重なってジンとくる。

「フォールアウト」 サラ・パレツキー 山本やよい訳 ハヤカワ文庫


私の好きなシカゴの女性探偵Vic(ヴィク、主人公の呼び名である)のシリーズの新しい作品。
長編としては18作目かな?そんなになかったかな?



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いつものことながら、表紙絵のVicの雰囲気は気にいらないけれど・・・
私のイメージでは、チト、かわいすぎるのだ。
以前映画化された時の(不評だったらしいが)、キャサリン・ターナーの嗄れ声の存在感あるオネエサンがイメージとして残っている。

それはさておき、この作家、一時新作がなかなか出版されず、もう終わりなのか~とあきらめたけど、最近は順調に新作が出ているようで嬉しい。
もともと社会性の強いテーマを描いてきた作者だが、自らも反政府的言動のため、しばらく監視下におかれていたとエッセーに書いてあった。
そんな作者だから、いつもと同様に重いテーマだ。
当時の人種差別やら女性差別やセクハラ、冷戦下の核兵器をめぐる開発とか、いろいろと。


今回もいつものパターンで、身内の依頼で(本来のお金になる仕事は、大丈夫かな?と、いつも思う)カンザスへ人探しに行く。
ただこのカンザスは作者の育った土地なので、その地方独特の雰囲気は伝わる。(って、私は知らない土地だけど)
なにしろドロシー、「オズの魔法使い」の舞台だもの。


作者のお父さんが細菌学者だそうで、そのあたりの知識が生かされている。
読者としては兵器として利用される細菌の恐ろしさを感じる。
似たようなもの、炭疽菌とかも、こういう利用、いや悪用ってこともあるのだ~と、説得力がある。
コワイな。

1980年代「ディアフター」という映画があった。
私のうろ覚えだが、この小説の中にも、この映画についてヒトコト触れていた箇所があった・・・。
ヒロシマを知る日本人としては「まだまだ現実を軽く描いている」と思ったけれど、世間にかなり衝撃を与えた作品だ。
あれも中西部が舞台だったよな。


相変わらず元気で、正義感も強く、綿密な捜査能力を発揮するVic。
でも、さすがに中年となっての私生活の痛手は、ペット(を超えた存在)の犬との触れ合いの中で癒されていくなど、そこは若い時の猪突猛進ではないな、という感想だ。

「世界のごちそう 旅×レシピ」 本山尚義 イカロス出版

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「旅するシェフの料理修行日記」というサブタイトル。
1人の若い青年が、ひょんなことから料理の道に進むことになった。
かれの当時の認識はフランス料理こそ料理の神髄~自分の店を出すことを夢見る。
ひょうんなことからインドへ・・・そこで知った、スパイスのわざ


後に自分の店を出す前に、1年ほど世界の料理を食べ歩くために修行の旅にでる。
さらに、またひょんなことから沖縄料理にも関心をもつ。
やっととった休みを利用して、家族サービスにでた先で、また新しい料理に目覚める。

レシピの習得でなく、背景にある文化をまるごと体現した料理への探究心である。


さてこの本、ある場所で、ついでのように売られていたもの・・・・パラパラと見ていて、アッと気が付く。
2017年8月アップの「ときどき旅に出るカフェ」近藤史恵の、若い女性シェフと同じ発想!
「みいつけた!」とばかりに買っていた。
帰路のバスの中、必死にページをめくって楽しんだ。

香港、上海、タイ、スリランカ、ネパール、チベット、ベルギー、オランダ、フランス、ポルトガル、モロッコ、トルコなど、端折ってもたくさんの国!
家庭料理のごちそう料理のレシピも、各国一つずつ載っている。

ムムム~おいしそう!

レストランに直接出向いて、人間関係を作ってレシピの教えを乞う。
「自分は料理人である」と明言したうえで、自分が食べてコレと思ったものを教えてもらう、というやり方だそうだ。

厨房にいる人へのアピールとして、ダイコンのかつら剥きとキャベツの千切りの技を使うとか。
シャキっとふわっとした飾り付けに、一躍注目されるらしい。
ふ~ん、そうやって世界中を修行して回ったんだ!

神戸にあるという著者のレストラン、行ってみたいな。

泉涌寺&東福寺 

およそ10年ほど前から、京都出身の友人から教えてもらって干支にゆかりの寺社参りをしている。
(Kさん、毎年ありがとう!)
たいていは、1月末か節分のころに「京都への初詣」という形。(お正月には近くの神社へ初詣)
ところが今年はいろいろあって、やっと干支参り、そして「京都冬の旅・非公開文化財特別公開」の伏見近辺の4か所へと出かけた。

ところが、急な春の到来で、ナント気温20度という京都!
「冬の~」というネーミングには、思わず笑ってしまうほどの軽装の一日であった。


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泉涌寺塔頭 「即成院」
今年の干支参りとして教えてもらったのがココ。
泉涌寺塔頭であるが、総門入り口の手前のすぐ横。(つまり門の外)

イヌにゆかりの寺社はいくつか候補はあるらしいが、行きやすい場所とオススメされた。
夫は戌年生まれ・・・今年は36歳???

なぜ戌年の干支関連寺社かというと、写真の狛犬をご覧あれ。
しっかりイヌである・・・獅子っぽいのではなく。
犬好きのKさんのオススメポイントも、そこ!

重要文化財の、戌年の守り神の阿弥陀如来と25菩薩がおられる。
極楽浄土へ導いてくださるとか・・・

那須与一ゆかりの寺社でもあり、お墓もあるし、絵馬もその故事の仕様だ。

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泉涌寺塔頭「舎利殿」
泉涌寺道を歩いて、本堂に向かって大門を過ぎ、「下り参道」(珍しいですね)「舎利殿」へ。
ここの仏舎利は「歯」だそうだ。(お釈迦様って、歯は何本あったのだろう?)
たまたま前日にも「歯」のおさめられたミュンマーの寺が紹介されていた。

ここは、天井に描かれた「鳴龍」の関係か、辰年に公開されるとか。
謡曲「舎利」の舞台だそうだ・・・1年に一回、イトコの仕舞の会に行く・・・去年は行かなかったなァ。
聞いてみたい曲だなァ。
などと考えつつ歩いていると鳥の声も聞こえる・・・汗ばむほどだし、何か初夏みたいな気分だ。
本当に、今は「冬の公開?」


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写真では分かりにくいが、下り参道を帰路に(本殿を背に、大門に向って登ってゆく)写真を撮影した。



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東福寺塔頭「即宗院」
泉涌寺の即成院と似ている名前だし、最寄り駅も同じ「東福寺」で、調べ始めは間違えていた。
グーグルで読み方を知らずにひらかなで検索すると「もしかして?」と出てきた。
同じ寺かと思い、頭が混乱!

こちらは薩摩藩ゆかりの場所で、西郷隆盛も他藩の同志と密談をしたところとか。
そのころは、鬱蒼とした町はずれの場所だったので、人目を避けての密談にうってつけとか・・・でしょうね。

戌年の即成院も、薩摩の即宗院も、ただ今グーグル検索の上位の様子。
干支と大河ドラマだものね。
どちらも今年の時流に乗っての宣伝ぶりが見て取れる。
といっても、なんとなく遠慮深げなのは、京都の寺にしてはおとなしく、ほほえましい。


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かの有名な東福寺の通天橋も、この季節は人は少ない。
そこかしこにある冬枯れのモミジを見ながら、新緑や紅葉の美しさを想像。

こちらへは来たことはあるので、特別公開中の経蔵も禅堂も外観は見ている。
案内係りのかたの説明を、つい同じボランティア視線で評価してしまう。

「もうちょっとゆっくりしゃべってほしいなァ」
「この固有名詞のところ、前後に一拍ほしいなァ~意味が通りやすくなる」
「視線を客にむけてほしいなァ」
出口で先輩さんにダメだしされていた新人さん、頑張ってくださいね。

「徳川がつくった先進国日本」 磯田道史 文春文庫

昨年、磯田先生ファンの夫に頼まれて、図書館でズラッと「磯田」で検索して予約を入れた。そのまま忘れたころに「貸出し可能」の連絡が・・・・あら、こんな本も頼んでいたのだった。


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これは、NHKで放映された番組を元に書かれたもののようで、そういえば、こんな話を聞いたっけ~と思うものもいくつかあった。

パックスロマーナならぬ「徳川の平和260年」に続く激動の幕末や明治~というとらえ方ではなく、「いやいや、そんな平和ボケの江戸時代ではなかったぞ」という言い方をされていたのを、なんとなく覚えている。
それは私の理解力が落ちているのではなく、夫のオツレでなんとなくテレビを眺めていたから~ということにしておこう。

江戸時代の転換期、歴史のとらえ方の新しい考え方をもとに4つの転換期をを選び、その選択がそれ以降の徳川幕府の為政にどう影響を与えたか~を説明している。

本では、歴史をさかのぼる構成だが、年代順に書くと以下のようになる。
1637年 島原の乱
  為政者は、反乱の民を力ずくで抑え込むと、自らの力も落とすし、田畑を耕す労働力も減らし、自分の首を絞  めることとなる~という戦国時代とは違った考え方・見方を知ることとなる

1707年 宝永地震
  その時の記録が、「今後のために」という生かし方をできたかどうかは、その地域による
  支配者の庇護ではなく「自分のことは自分で守る」という姿勢も生れた
     → 現在の地方の首長にしばしばみられる英邁さは、このあたりにねざしているのか
1783年 飢饉が生んだ大改革
  田沼政治が功罪

1806年 「鎖国」が守った繁栄
  
いくつかの意見は、さまざまなテレビ番組で披露されているものと同じ視点だ。
「古文書」を主な手段とする歴史研究者の責任として、過去の、また現在の地震や津波の資料を、未来へ語り続けることがライフワークだと言われている。
その視点、やはり岡山の武士の家に生まれたものとしてのバックボーンなんだろうな。

「修道女フィデルマの挑戦」 ピーター・トレメイン 甲斐萬里江訳 創元推理文庫

何回もアップしているこのシリーズ最新作で、これは短篇集である。
このシリーズは、長編も短編も含め、およそ10作ほど。
2012年12月「修道女フイデルマの探求」などをあっぷしている。


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中世アイルランドの研究者であるピーター・トレメイン が書いている歴史ミステリー小説。
なにしろ本物の研究者が作者なので、史実の押さえはバッチリ。
シリーズのどの本も、巻末に詳しい参考欄。

中世のこの時代、独特の社会規範を持っていたアイルランドと、そこに加わったキリスト教の伝播が、ローマカトリック教会と微妙に違うものとなっていた。
自分たちの価値観や倫理以外は「邪なるもの」とか「劣っているもの」とみがちなローマカトリックだが、「元からあるアイルランドの基本的な人間観のほうが優れている点もある」と主張するのが、主人公フィデルマ。

いくつかの王国が連立していた当時、或る王の娘(つまりお姫様)として生まれたものの、母や父を相次いで亡くし、教会の庇護のもとで教育を受けた。
男女同権であり、社会弱者のサポートが行き届いていた同国で、修道女として、また裁判官や弁護士を兼ねた法律家として活躍する~というもの。
実際、弱者の人権も守られる社会構造だったらしいし、女性の権利も守られていたらしい。
その独特の社会の在り方や倫理が、とてもおもしろい。

さらに、推理力と記憶力で判断してゆく過程がおもしろい。
現代の科学捜査ではないものも、当時の「科学」が真相を暴いていくという説得力もある。

この短篇集では、修道院で法律を学びはじめる新入生当時のストーリーからはじまる。
なに、この学生寮のイジメ????
いえいえそうではありません。

修行途中の、いわば卒業試験の課題の面白さ。
口頭試問に向かう途中、あるところに閉じこめられた主人公は、遅刻・・・・「法律家が遅刻してなんとする!」と、落第の危機!
脱出のために衣服が乱れ気味で登場・・・「裁判官たるもの、清潔な衣服でないとは!」と一喝される主人公。
いえいえ、これも織り込み済みの主人公の、冷静かつ的確な反論。
なんか、日本の大学の体育会のムチャブリみたいな。

フイデルマ初心者にはお手頃な短篇集、と解説に載っていた宣伝文句だが、いや、ホントホント。

「緋色のシグナル」 麻見和史 角川文庫

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とても寒い今年の冬である。
寒いだけでなく、大雪の福井方面のニュースをみると、タイヘンそう。
JRを利用することが多いので、北陸方面の特急「サンダーバード」は今日は動いているか~と、気になる。

さて、寒さで停滞中の読書、今日は頑張って書こう。


「緋色のシグナル 警視庁文書捜査官 エピソードゼロ」である。
2017年2月10日に「警視庁文書捜査官」を読んで書いている。
そのシリーズ2作目だが、時系列では過去に。

架空の部署だと思うが、捜査一課に在籍する文書分析専門の、かなり美人の女性捜査官が主人公。
この2作目では、専門職として抜擢されるきっかけとなった事件の話である。

怨恨による連続殺人事件というミステリーの王道では、謎解きの犯人が現場に残す不可解なメッセージが不可欠。
さらに犯人が間違って落としていったものから、犯人を追う。

文書捜査官は、残された文書や文字を読み解く・・・アナログだなァ。
PCの分析班はもちろんいるのだが(現実にも)、そうではない遺留文書の分析だ。

現場に残された不可解な3文字は、何を意味するか?
企業の社内稟議書らしき断片から、被害者の身元を特定する。
「会議」「取材」と書かれた日程表から、ある程度の規模の企業の、ある程度の」地位のある人物と推定する。
そんな主人公の働きが、「適材適所」として能力を発揮できる部署はないか~と、ラストシーンで上司は考える。
そこから、第1作へと時系列ではつながっていく。

「適材適所」つまり、現段階では「ポンコツ」扱いの女性巡査部長である。
学生時代にいじめられた経験から、女性相手の取り調べや捜査は、苦手。
文書がらみの推理では、抜群のひらめきを示すのに・・・という人物像である。
一昔前の、乃南アサの音道貴子シリーズとは違う主人公像ってこと。

IT企業のブラック性や過労死、システム不具合のバタバタやゴタゴタ~現実に似たようなことも報道されてたし、「ふ~ん、これは作者のプロット作りの過程に影響したか」と想像できることも多い。

私としては、こういう古典的な謎解き、怨恨による殺人事件のほうが、読んでいておもしろい。
心の闇に由来する不特定多数を巻き込む事件やテロは・・・・ちょっと苦手だな。

今日は節分です!

週の初めの予報では、今日は少し寒さがゆるむ~ということでした。
で、京都へ行こうかと計画していましたが、なんのなんの寒さの居座り!

で、自宅近くの神社へ、買い物の足を延ばしてお参りに。
「福豆をいただいてこなきゃあ!」
うまい具合に、ちょうど日もさし暖かい時間帯・・・高齢者夫婦には、ありがたい。

福ぜんざいも、ふるまって頂ける時間帯でした。
小さい子供連れの家族が多いのにはビックリ。
「このマメが好き」という小さなおこさんの横で、おいしくいただきました。
反対側には「お茶はないのか」と文句を言う高齢者。
お接待に文句をつけてはいけませんよ。
ちょっとしか福は来ませんよ。
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この神社には、散歩がてらにお参りすることもおおいものの、お祭りでも混む時間帯をはずしていくことが多いです。
初詣程度とは言わないけれど、続々とお参りにくる人の多さに改めて驚きます。

最近は、まめまきなどの行事をする「こどもがいる家族」が多いのかな?
楽しそうな雰囲気の境内です。
まあ受験シーズンでもあるし・・・・それは、もう少し早い時期にくるでしょうけどね。

帰りに寄ったスーパーでは、丸かぶり用のお寿司がズラリ。
わたしがこどものころは、そんなにしなかったなァ。
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イワシが並んだコーナーの一角に、オイルサーディンの瓶詰がズラリ。
お正月以後、オイルサーディンの瓶詰の瓶詰を見かけなかったのは、このためにストックされてた???
実はオイルサーディンが好きな夫、「あった、あった」とカゴに入れています。
今日は、丸かぶり寿司に、前菜はオイルサーディンにしましょうか?

絵本「あふりかのたいこ」 瀬田貞二さく 福音館書店

絵本「あふりかのたいこ」 瀬田貞二さく 寺島龍一え 
   <こどものとも>傑作集 福音館書店

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再三書いているように、ボランティア活動の一環で、様々なことを勉強する機会が与えられている。
絵本を読むことも、その一つ。読み聞かせではなく、読書である。

この本は、絵本としては古典に入るもののようだ。
あるメンバーが、自分も子供も読んだ~と、いわれていた。
重版がなかなかない絵本としては珍しく傑作選に再収録など、何回も発行の機会があったようだ。(情報が間違っていたら、ごめんなさい)


現地の民話ではなく、日本人(瀬田貞二)が書いたもの。

アフリカのどこかで生活している少年「タンボ」は、名人に教えられて「たいこ」がじょうずだ。
おおきいたいこは「とむとむ」、ちいさいたいこは「ぼんごぼんご」とならすと、遠くの村と電話のように会話できる。

あるとき「さはり」がきて、タンボは雇われる。
フランス人の「ポンポン」は、銃で狩りをするが、その目的は角だの皮だの戦利品を自宅に飾っておくこと。
動物の命を奪っても、平気なのだ。

そこでタンボは、得意の太鼓を使って、とむとむとむ、ぼんごぼんご・・・という話。
最後は、「命」の大切さを悟ったポンポンは・・・・というエンディングだ。

みんぱくでは、楽器の展示場にいろいろな地域の大小の太鼓がある。
なるほど、ここを歩いているとき、この絵本のタンボの様子が目に浮かぶ人もいるんだ。

当たり前のことだが、同じ展示物を見ても、聞こえてくる音や、目に広がる景色や、想像できるにおいは、人によって違う。
絵本って、本って、五感で堪能するものだな。 読み込むものなんだな。
次回、民族学博物館のアフリカ展示場を歩いていたら、そんなアフリカの様子が目に耳に鼻に浮かんでくるといいのにな。
五感を働かせて、がんばろう。

「書物審問」「書物奏鳴」他 赤城毅 講談社ノベルス

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いつもの本好きな友人Oちゃんから昨年届いている玉手箱・・・全部読み切っていない。
気の向くままに読んでいったが、この書物シリーズは、数冊あったが手つかずのまま。
背表紙のキャッチコピーをみても、いまいちどういった本かは分からなかった。
ところが1冊手に取ると・・・いや、おもしろい。
順不同で読んだのだが(いや、まだ読みつつあるのだが)、作風というかを把握するのに3冊ぐらいかかった。

ミステリー雑誌の「メフィスト」に発表された短編長編いろいろだが、作者のバックグラウンドを読んで、了解した。
本名で軍事関係の書物を発表している近代史・軍事史の研究家。
特にナチス、ネオナチと、その追求する団体の丁々発止を、研究者として資料に当たり、そこへ「ひとすじのフイクッション」を加えて書かれたのが、この「書物シリーズ」である・・・ムムム、さすが友人、私の興味のポイントを押さえている。

書籍そのものがミステリーの主人公になりえる。
歴史的資料の贋作や、埋もれた書籍を探し出す作業のプロセスは、おもしろいし小説として成立する。
そう、絵画と同じだと考えてよい・・・絵画を巡る収集家や鑑定士、絵画探偵や修復師や贋作師が登場するするミステリーは多い。
その書物版・・・・というわけだ。

主人公は、数か国語を操る30代はじめとおぼしき東洋人の男性。
上記のような本を探し出すエキスパート。
覚えにくい容貌だが、目を引く銀髪で、そういう一種の闇の商売上は、得なのだか損なのだか?
イメージとして、オダギリジョー???


歴史的に貴重な、あるいは歴史の裏面を示す内容や書き込みがある書物は、収集家やスパイが暗躍する争奪戦となる。
ネットも登場するが、舞台が少し前の設定だからか、あまり大きな役は果たさない。

読んだ2作&半分は、短編あり長編あり。
軍事研究家だと知るまでは、「なんかこういう話、聞いたな?」と思うことが多かった。
だからこそ、そこに加えられた「ひとすじのフイクション」(と本人が書いておられたような)のヒネリが効いてくる。

貴重な裏資料を隠していると考えられて、裏社会をあげて探されていたある本・・・隠し場所は小さいはず。
USB? いやいや、豆本・・・という話、想像を超え、これには脱帽。(「書物法廷」の「銀の川の蜃気楼」)
銀の川(ラプラタ川)に象徴されるアルゼンチンが舞台の話。
アルゼンチンタンゴが聞こえてきそうな(主な舞台は刑務所と警察だから、無理な話だが)短編だ。

そうだ、ふと気が付いた。
このシリーズ、音楽は出てこない。
でも、舞台がハワイでも、イギリスの陰鬱な古城でも、なにかしらそこにふさわしい空気感やBGMを感じることのできる小説って、読者(ワタシ)にとって相性がいいってことなんだな。

イチゴの季節になりました

読書は、つまみ食いならぬつまみ読みで、いくつかの本を読みかけては途中で停滞中。

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さて、毎年この時期に 仙台近郊の亘理町のイチゴの写真をアップしています。

関西出身の方が、縁あって亘理町に行き、イチゴ農家をされていました。
震災で、津波により家族に犠牲者もあり、家や畑もすべて流されてしまわれました。
1年あまりで、なんとかイチゴの栽培を復活させたのです。
それから、毎年、イチゴをお願いしています。

知らなかったのですが、仙台近郊でも雪が降らず、比較的温暖な地なので、昔から高級イチゴの産地として有名だったそうです。
震災以後、行政など援助もあり復活したイチゴ栽培とはいえ、かつてほどには復活はしていない様子です。
イチゴはイチゴでも「高級な美味しいイチゴ」を目指すには、まだ解決すべき問題も多い、ということでしょうか。


とはいえ、農家さんがみなさん笑顔で努力されて励んでおられる様子には、エールを送ります。
これからも、がんばってくださいね!


それに比べると・・・原発問題の収束は、まだめどがたっていないと言わざるを得ません。

私が住む関西では、震災から20年以上たっていますが、それでもまだ克服された問題ではありません。

この時期は、特に被害があったとはいえない私ですら、心騒ぐ時期でもあります。
いえ、心騒いで考えるべき季節なのかもしれません。

昨年のこの時期に亡くなった友のKとは、よくこの話をしました。
彼女の亡くなった季節でもあり・・・冬は、イヤだな。

「無私の日本人」 磯田道史 文春文庫

あけまして おめでとうございます。
こんな気ままな読書記録ですが、今年も、どうぞごひいきに。


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さて、年初は、この本から。

夫が、すっかりTVの磯田先生のファンになった。
そのあおりを食って、いえ、そのおかげで、図書館で検索をかけ予約を次々入れた。
とはいえ、磯田先生は人気者なので、なかなか順番が回ってこない。

やっと回ってきたこの本は、偶然にも、年末にある人から勧められたものだった。
「間違えて買ってしまったけれど、すごく良い本よ」と、説明を聞いたところである。
そもそも、彼女はどの本を読みたかったのかしら?

この本は、例によって、古文書を丹念に読み解き、他の資料と照らし合わせて、人物に命を吹き込んである。
歴史上の有名な人ではないが、資料が残っている程度には、その時代・その分野で貢献した3人を描いている。

江戸時代のことであるが、貧しい宿場町の商人や、栄達を望まなかった儒者や、幕末の京都の女性。
この3人目の女性、大田垣蓮月のものが、おもしろかった。

美貌に恵まれた、本来なら由緒正しい家柄の女性が、その美貌ゆえに苦しい一生を過ごすこととなる。
なににでも才能があるのに、どういうわけか生活の手段として選んだ「土ひねり」だけは、上達せずにシロウトの域を越えられない。
それが幸いして、新たな道が、いわゆるビジネスチャンスが広がる。

3人に共通しているのが、無私というか栄達を望まないこと。
響く人には、響くテーマだろう。
でも、わがままな私には、「そりゃあ、ご立派ですが・・・」と、少々の疑問符が付く感想だ。
とはいえ、年初にふさわしい読書タイムであった。

年末のご挨拶+今年のベスト3

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年末はとても寒いようですが、お正月の用意は順調にお済ですか?

今年も、元からの知人友人のかたも、偶然にもここに行きついて読んでくださった方も、大勢の方に方に読んでいただきありがとうございました。
かきなぐりの文章ですが、どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

さて写真は、掃除を済ませて玄関に飾った来年の干支のおきもの。(あいかわらず写真は鮮明ではなくて、すみません)
ン十年前、そのころ毎年初詣に行っていた平安神宮で、ある年から集め始めたものです。
一巡したころ、初詣の行先を変えました。

来年は、夫の干支・・・○巡目です。
人生にエトの○巡目などあるとは思っていなかった・・・とは夫の言葉。
そうですねェ~若いころは、考えなかったなァ。

どなた様も、お健やかに新年を迎えられますように。


12・31追記
 早くもなり始めた除夜の鐘を聞きつつ、ふと思い立って今年のベスト3を!
①4・4 「マカロンはマカロン」 近藤史恵 講談社
   食べものがからむ短編集。 表題作のタイトルのつけ方、マカロンでなくてはならないところに、さすがのセンス!
②5・16 「警視の挑戦」 デボラ・クロンビー 講談社
   主人公の女性刑事が大好き。  来年の干支の犬がでてくるなァ
③10・3 「きょうは ソンミの うちで キムチを つける ひ!」 セーラー出版
   絵本の楽しみを知ったここ2年ほど。 人間同様、ネズミの家族も大家族で、祖母の指図で大仕事。 かわいい!

「時限捜査」 堂場瞬一 集英社文庫

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堂場瞬一には「検証捜査」という本がある。
神奈川県警の内部監査を警視庁の捜査官をはじめ、いろいろな県警や府警との連携で捜査していく。(それは現実にはレアケースらしい)2017年3月にアップした。

その登場人物らのその後を描いて、4作ほどのシリーズになっている。
この本は、そのシリーズ中の大阪府警の人物が登場する話である。


最初のページに、私にはおなじみの場所である万博記念公園駅(モノレール)のホームが登場する。
暑い夏の日に、駅に降り立った客が周囲を眺めていると、道を挟んで真正面に建つ太陽の塔が燃えはじめた。
書店でその最初のページをみて、「これはお正月に読もう」と、さっそくに購入。
正月どころか、クリスマス前に読みはじめてしまった。

太陽の塔と同時刻に、USJ入口の地球儀のモニュメント、さらに中央公会堂、アベノハルカスと相次ぎドローンによる放火が続く。
そして、表紙になっているJR大阪駅の3階で人質を取った犯人が閉じこもる。
なかなか要求がなかったが、遅れて巨額の身代金を要求、逃走用ヘリも要求する。

梅田署(モデルは曽根崎署)から、現場大阪駅までは、地下街を走ったっ方が早いとか、朝から運行を止めたJRなのに、せっかちな大阪人客が多数押し寄せ運行を求める、そのやりとりとか。
「大阪アルアル」情報が満載。
大阪人には、手に取りように混乱する関係者の動きが想像できるが、他府県在住の読者には、どうだろう?
ちなみにラストの、う~んバラしてしまうが狙撃の待機場所・・・私はアソコだろうと、すぐにわかったぞ!

場所が分かるだけに、映像が浮かんで、臨場感たっぷりと楽しめる。
はじめは無関係に思われた、というよりは関連があるのだろうと推測できた東京の事件も、どちらもテンポよく話が進む。
ジェットコースターに乗っているみたいな上がり下がりが大きいあらすじだ。
一気読み、その後にゆっくり熟読~のパターンが多い私も、思わず休憩を入れないと息が続かない感じだ。
トシをとったのかな???

今週はJR梅田駅に出ることが多かった。
2日連続で遅れが出たJR京都線・・・せいぜい15分程度だろうが。
それでも、到着した車両からは多くの人が降りてくる・・・ラッシュアワーは過ぎたのに。
橋上出口から出て眼下のホームを眺めると・・・まさしく小説の通り、そりゃあ混乱するだろうし、警察も制圧しにくいだろうし~と、実感する。

ふと我に返って、「犯罪に巻き込まれては大変だ!」と、急ぎ足で目的地に向かった。

「教場2」 長岡弘樹 小学館文庫

「教場」は、2013年7月に書いた。
話題になった作品だが、警察関係者のひとは「なぜ話題になるか、ちっともわからない」と感想を述べていた。
私はオモシロイと思ったのだが。

教場とは、(たぶん)各都道府県がもつ警察学校のことらしい。
警察ものの小説をよく読む者には想像がつけやすいが、あまり知らない人には分かりにくい背景だ。
逆に、当事者にすれば、ちょっと現実とは違う描き方なのだろう。

前作では、一般常識とは違う訓練の仕方(自衛隊とも違うだろう)に見え隠れする、一般社会に共通な優しさや温かさを感じることができる作品だったと思う。

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でもこの2作目は、少し違った感じ・・・違和感を感じる。
(最近、作家の視点に文句をつける感想が多い私だが)

研修医を終える時点で警察官に転身した警察官が登場する・・・・そこまでのキャリアがある医者が転職するか?
せいぜい医学生からの転身だろう・・・・一人前の医者になっていれば、別の形での自己実現を選ぶだろうに。

ミス○○経験者?
または、高卒で警察官になり研修途中でやめた者が、大卒で民間企業からの転職組の一人として再入校する。
いろいろな異色ケースを描きたいのだろうが、そりゃあないだろう~と、文句タラタラの私である。

警察官が持たねばならない「一般人とは違う視点」を叩き込まれる場としての警察学校。
そこでふるいにかけておかなければ、現場にでてから適応できなければ、その人自身だけでなく周囲に迷惑をかけることになる。
そんなあたりを、異色なケースで描きたかったのだろうが。


ところで、中に特異体質で、ブロッコリーを食べるとブロッコリー臭のする尿が出る、という人物が登場する。
どんな匂い?????
それが気になって、しばらくページをめくる手が止まる。
もしかしたら、この作家さんはブロッコリーが大嫌いなのかしら?

「藪医ふらここ堂」 朝井まかて 講談社文庫

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著者の名前を見ただけで買ってしまう・・・私にとって、そんなランク入りした朝井まかてである。
でも・・・この本は、ちょっと、ムムムな読後感ではある。

「ふらここ」とはブランコのこと。
江戸時代の町医者の娘「おゆん」は、母が幼いころに亡くなっている。
小児科医だが、すぐさぼりたがる父と、庭にブランコのある家に住んでいる。

小さいころから、母の代わりに何くれとなく世話をしてくれる近所のおばさん。
その息子とは幼なじみだが、その彼は、今は、おゆんの父の助手をしている修行中の身。

そこに登場する元武家の父と幼い息子は、今は薬種問屋の仕事をしている。
だんだん明かされる、父の素性・・・・などなど。

まずひっかかったのは「おゆん」という名前。
以前、知人が、「ん」で終わる名前は日本にはない!~と言い切って、孫さんの命名で息子さんともめたと聞いた。
事実かどうかは知らないけれど、その言葉が脳裏をよぎる・・・お梅とかおよねだったら、すんなり話に入り込めたのになァ。
でも主人公にお梅やお竹はないか・・・・

あれやこれやのエピソードは、山本周五郎や他の作家のどれかの本にも似たような~というイメージがつきまとって、どうも、いつものように入り込めない。
この作家さんには珍しいが、残念だこと。

赤ん坊に服を着せすぎ、汗をかいて風邪をひく~とか、そんな指摘はおもしろい。
でもなァ、それって、そんな昔の子育ての知恵ではなかったと思うけど。

なんとなくそんな調子で読み終えた。
今回は私の期待とはマッチしなかったけれど、次回作は楽しみだ。/strong>

「雪と毒杯」 エリス・ピーターズ 猪俣美枝子訳 創元推理文庫

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エリス・ピーターズは、英国の歴史ミステリー「修道士カドフェル」シリーズの作家。
残念ながら1995年に亡くなっているが、こうして初期の古い作品も新たに出版される。
この本は、2017年秋に日本では初版である。

1913年生まれの著者だが、早くから作家一本で来たわけでもなさそう。
いわゆる第2次世界大戦時ころ、人手不足から女性がどんどん社会進出を果たした。
その影響下で、英国には女性ミステリー作家がどんどん生まれた・・・と、聞いたことがある。
そうなんだ。

エリス・ピーターズは、薬剤師助手をしていたそうだ。
カドフェルシリーズで毎回披露される薬草の知識は、おもしろかった!
この本では毒殺も登場するし。

エリス・ピーターズ以外の名前でも執筆活動をしていたそうで、内容も現代(といっても当時の)の話。
有名なオペラ歌手が亡くなり、その遺言が披露される。
いろいろと思うことの多い受益者が、チャーター機でともに帰路につく。
ところが冬の悪天候で、不時着を余儀なくされて、たどりついたのは、クリスマスの閉じ込められた寒村で、場所はチロル地方。

現在のミステリーなら、GPSだのケータイだのPCで、話の筋が変わってくるだろう。
古めかしい(雪で警察も検視医も村にたどり着けない)設定だが、ミステリーとしての面白味は減りはしない。

後のカドフェルシリーズの、あの話この話の原点を思わせることばかり。
気の強い正義感の強い若い女性が登場してくるのも、いつものこと。
また読みたくなったな、あのシリーズ。

「和菓子を愛した人たち」 虎屋文庫 山川出版社

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創業は室町時代になるとかホームページに書いてある有名な和菓子屋「虎屋」である。
関東人は虎屋は東京の店と思っている人も多いが、実は、京都の店。
遷都にともない、「天皇さん」についていったのが東京出店の由来・・・・というのは、関西人がよくいうセリフ。
いや、親の世代がよく言う話だ・・・ちょっとイヤミな口調で・・・イケズやなァ~。

その虎屋は、老舗なので、各地で歴史や文学の特別展があると、ゆかりのお菓子を復元して展示してほしいという依頼が多いらしい。
そういうホームページに掲載されたものを、集大成としてまとめられたのが、この本のようだ。

表紙のイラストも楽しい!
目次のラインナップを見て興奮・・・とりあげられた人物も、お菓子も・・・・お菓子の写真も・・・
清少納言、頼山陽、徳川光圀、春日局、紀伊国屋文左衛門、正岡子規などなど。
お菓子としては、ところてん、ういろう、金平糖、文字焼き、饅頭茶漬・・・・などなど。

お見舞い本として、消化器系の病人以外なら、食欲増進の図書としてオススメ。
ああ糖尿病の人には禁物だろう。
この出版に当たり、虎屋の多くの社員が調べたり執筆したらしい。
年齢や性別や関心領域のが多岐にわたるようにしたそうだ。
なので、題材選択や切り口がイロイロで、オイシイ、イヤ違ったオモシロイ!



私を知っている方は「やっぱり甘い物好きは鼻が利いて」と、この本を手にした経緯を笑われるだろう。
だが、この本を知ることになったきっかけは、私の食欲ではない。

あるラグビー解説者がおられて、引退後に実家の出版社で仕事をするようになった。
その解説がおもしろいので、ついその人のツイッターも読むようになった。
自社の新刊本の宣伝記事もあるので、「あの山川出版社か」と知った。
その宣伝の一つが、この本だった。
山川出版社は、おもしろい本を出す会社だなァ。
ラグビー解説者も、具体的にはどんな)仕事をされているのか知らないが、おもしろい人だ。
「ウワァ~ッ!」と大声を上げて臨場感たっぷり。

ついでに、ラグビーについてヒトコト。
長年にわたり大好きなラグビー。
W杯にむけての強化には、ファンとして疑心暗鬼だったものの、確実にジャパンは成長しています!