「インヴィジブル・シティ」 ジュリア・ダール  真崎義博訳 ハヤカワ文庫

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そんなに分厚い文庫本ではないが、読むのに時間がかかってしまった。
犯罪そのものが好きな(?)タイプの犯罪ではないし、ストーりーの進め方も好きではない。
でも、どうしても読み終えたかった。
扱われているNYのユダヤ人コミュニティが興味深かったからである。


主人公は、故郷のフロリダでジャーナリズムを学び新聞記者になることを目指してNYにでてきた。
今は、地方通信員という、いわば便利使いされて情報収集をしているところである。
NYにあるユダヤ人、それも正統派のユダヤ教社会に生まれた母を持つ。
キリスト教徒の父と駆け落ちして主人公レベッカを産み、やがてすぐ育った社会に戻っていった母。
記憶にもなく、「捨てられた」と感じている母との再会を望んでNYにきたのか、あるいは、その恨みがNYという町を選ばせたのか・・・本人も、それはわからない。

そんな駆け出し記者見習いの立場にいるレベッカに、ある日、ごみ捨て場のクレーン車のなかに遺棄された殺人事件の周辺取材の仕事が回ってくる。
寒い季節に、寒さに震えながら(ほんと寒そうな描写でトイレの心配ばかり)現場に行った彼女は、それがユダヤ人社会でおきた事件で、被害者もユダヤ人女性だと知る。

次の現場取材を指示されるが、「私は半分ユダヤ人」と強固に売り込んで、特ダネをつかもうとする。
警察や検死も宗教にのっとってするために、ユダヤ人自警団のような組織や、独自のやり方をする葬儀社が取り仕切る。
ユダヤ人であるがNY警察の刑事が、その仲介役のような立場で現われ、主人公を見て驚く。
主人公は母にそっくりの容貌・・・母を知っているらしい。

検死はされず暴行の跡が如実でありながらもみ消されていくように見える。
とまあ、あらすじを整理するために書いていたら、ネタバレしそうなので、このあたりで・・・


「目撃者ジョン・ブック」とかいうタイトルの映画があった。
殺人事件の目撃者が、閉鎖的なキリスト教アーミッシュの寡婦と息子で、その親子と心通わす白人刑事。
それは、田舎の人里離れた場所で独自の規則を守って暮らしている人々であった。
一方、この小説では、金融業に長けたユダヤ人の社会なので、NYの町中でコミュニテイを作って暮らしている。コンビニも遊園地のジェットコースター(これも教義に合わないものらしい)も、すぐ近くにある中で、あの独自の服装規定を含め、きびしい生活倫理の中で暮らしている。
てっきり、距離的にも離れた地で暮らしていると思っていた・・・・ちょっと知らなかったな。

どの宗教でもそうだけど、正統派というか閉鎖的なグループもあれば、ゆるい規則の中にいる人もあるだろう。
正統派であるほうが、精神的には安定しており、やや逸脱行動をとるもののほうが、かえって窮屈な罪悪感に悩む。

読書をすることは、他の価値観を知ることなので、特に女性は厳しく禁じられる。
ふ~ん、そうなんだ。
そんないろいろな社会背景を知ることができて、おもしろかった。
でも、登場する女性たちの誰もが、内なる葛藤に悩まされていて・・・ちょっとキツイ小説だったともいえる。

「日本史の内幕」 磯田道史著 中公新書

すっかりテレビっ子ならぬテレビ爺さんになった夫が、新刊書の広告をみて「コレ!」と指定した本。
買ってきたのは私なので、お先に失礼!
しかし、TVの出演が多くなって、夫は、すっかり「磯田先生」のファンになった。
関西ローカルの番組でも、ほぼ週一の出演・・・この本を見ると、現在は京都住まいのようだ。


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頼まれて買って帰る途中にパラパラ読むと、比較的最近の短い歴史エッセー集で、テーマはいろいろ。章ごとの分類はあるが、時代も場所も、かなりバラバラ。
これは、新聞か雑誌の連載エッセーのまとめ???
アタリ! 本の後ろに、読売新聞の連載そのほかと書いてある。

次の大河ドラマの時代考証なども手掛けるようで、そんなこんなの話題も。
現在の大河ドラマ「直虎」も関係したようで、放送直前に「直虎、男性であった証拠発見」というニュースが流れた際には、そのあたりキッチリと反論というか、歴史的説明もしてある。

家康の扱いが、同じゆかりの地であっても、静岡と浜松とでは違うとか。
浜松は、まだ出世前のころなので、地元の受け止め方も親密感たっぷり。
功成り名を成したのちの静岡では、恐れ多い存在だとか。
浜松の町おこしのユルキャラは「家康くん」という小柄な若い着ぐるみだとか。
たぶん静岡では、そういうユルキャラをつくる発想はないだろう~と。

ところで、浜松には、秀吉が若い、ごく若いころ居たことがあるそうだ。
いわば武士の下っ端の下っ端として、初めて仕えたころ。
ところが、イジメにあって、かわいそうに思った主人が路銀をやって故郷に帰らせたとか。
ごく狭い地域に、あまり時代も変わらない時期に、出世した人物二人を輩出したわけだ。
それに気が付いた磯田先生は、町を巻き込んで「空前のパワースポット」と宣伝したとか。
市の盛り上げに大成功とか・・・ついでになかなか許可が出ない区域の発掘許可を得たとか。
歴史学者もタイヘンなお仕事なんだ。

この先生、幼いころから古文書が好きで、考古学の発掘現場に入り浸ったりとか。
それもそのはず、戦国時代にさかのぼる武士の家の出身らしい。
家にある古文書(?)は古新聞、それもスポーツ新聞というのとは違う・・・夫と納得した。

かなり前、あちこちの「埋蔵金さがし」というのがブームだった。
イメージ映像では、千両箱にキラキラとした金貨が輝いていた。
ところが現実に埋蔵金的なものが発掘されても、壺か何かに、汚い小銭が詰まっているのが関の山とか・・・
ありゃりゃ、イメージというか夢が壊れるゥ!

「インカ帝国ー大街道を行く」 高野潤著 中公新書

先日、NHKのテレビを見ていると元格闘家の須藤元気が車でアマゾン流域からクスコ方面への旅番組があった。
とてもきれいな整備された道を、高い山アウサンガテへ向かうものだった。
その印象が消えないまま、図書館に行くと、どうも目がそちら関係に向かう。

この本の著者は写真家。
インカやマチュピチュ(日本人はココも好きな人が多いな)やアマゾン関係の本をいくつか出版している。
大自然の中のインカ道の歴史を説明しつつ、様々な写真を紹介している。
詳しい歴史が書き残されてはいないことも、日本人には人気なのかな?



私は、ボランティアで民族学博物館の小学生向け体験学習のお手伝いをしている。
「中南米地域」(展示地域としてはアメリカ)のプログラムもあり、それなりに勉強を重ねている(つもり)。


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ボランティアでは、プログラム開発のおり、そもそも、「中南米」と称することにも一悶着あったと聞く。
メキシコを含めているので「南米」ではなく、メソアメリカでもない・・・とかなんとか。

さまざまな食用植物が中南米原産であったことも、実は私は知らなかった。
今では児童には「実はね」と話をしているが。


インカ道という石畳道が、よく言われるインカを含む他の勢力が強大だったころ、広く整備されていた。
そして、情報伝達のためのキープ(結縄)による伝令が走った・・・と、絵本の読みきかせで聞いた。
TVの旅番組でよく扱われる割に、正確な情報は伝わっていない、のだそうだ。
そういうわけで、写真がたくさんあるこの本と、もう1冊を図書館で借りた。

冒頭に書いたNHKの番組とは逆に、インカは山間部のクスコ近辺から、アマゾン流域へ勢力を伸ばした。
一つの目的が金の採取。

もう一つ読んでいて思い出したのは、日本からの移民のこと。
そのあたりも少々触れてある。
もう少し他の本を読み終えてから、書くことにしよう。

たくさんの写真が載っている。
新書なので写真が小さいのが残念だけど。
写真集じゃあないから仕方ないな。

篠山の黒豆枝豆

この時期恒例の、丹波篠山の黒豆農家をしている知人宅を訪問して「黒豆枝豆がり」をした。
はやくから誘っていただいていたのだが、雨やらなにやらで、この時期になった。
「もう遅くなって、見栄えの悪いマメだけど」と恐縮してくださるが、なに、おいしさには変わらない。
こちらこそ、遠慮なく寄せていただき、あれこれとお話をうかがいながら作業する。

近況交換しながら、聞く農家の実情。
農機具メーカーと話をすれば、農業を知らない技術屋さんで・・・確かにね。
元技術系サラリーマンだった知人からすれば、ささいに思える機械の修理も、みなさんメーカー任せらしい。
そんなこんなの話を聞きながら、いそいそと黒豆を枝から外す作業を・・・・あら、採りすぎた!


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写真は、城跡の観光地に建つ大正ロマン館。
先日篠山で行われた高校駅伝兵庫県大会のルート沿い。
たまたまテレビでみて、「ああ、あそこ!」
紅葉もきれいだし、いつ行っても観光客が多い。

もう数年寄せていただいている地域だ。
夫とは、もっと若い時期の同僚で、こうして毎年会えるのは楽しみ。
枝豆がりをして、篠山城址を散策して、黒豆スイーツも食べ、農協の新鮮野菜を買い・・・楽しい秋の1日を過ごした。


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石垣が好きな私だが、この石垣もきれいだ。



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紅葉はまだもう少しの様子。
高速道から見える山の景色も、朝の好天時と夕方の淡い光の中と・・・それぞれ趣きがある。

この城跡からは、いかにも盆地らしい景色が見える。


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この顕彰碑は、明治の廃藩置県で藩主でなくなった青山氏の功績をたたえるもの。
東京へ去るにあたって、「領民に残せる最大のものは教育」と考えて、学校をつくり、優秀な青年は上京して勉学を続けることを応援し~とある。
当時の地方の藩主のかなりの割合の人は、同様に考えたのだろうな。

児童書「2年A組探偵局・ぼくらのテスト廃止事件」 宗田理 

児童書「2年A組探偵局・ぼくらのテスト廃止事件」 
      宗田理・作   はしもとしん・絵  角川つばさ文庫


え~と、なんといいますか「年の離れた弟R」(小学校高学年)が好きなシリーズで、ときどき頼まれて買っていきます。
「宗田理」懐かしい作家さんの名前。
Rほどには年が離れていないムス・・イヤ違った弟のTも(我ながら、よく書くよ)よく読んでいた記憶があります。
Rのママも読んでいたとか・・・男女を問わず人気の作家のようですね。

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その宗田理のシリーズで、Rによると「ツーエー探偵局シリーズ」とよぶらしい。
私は間違えて覚えてしまって「2ねんBぐみシリーズ」って~テレビドラマじゃあないか。

毎回喜んで読んでいるRに「なにかオススメの1冊をかしてよ」と頼むと、この本を選んでくれました。

ホホゥ~こういう現代の問題、子供側の視点だとこうなるのか!
この作品1990年代後半に書かれたのに、この問題点はまだ解決していないのか!
というより、このころはまだ牧歌的な人間関係だけれど、今はさらに荒廃したものになっているのでは?
そんな感想をもちながら、読み終えました。

ちょっと複雑な読後感・・・でも、なかなかにおもしろいミステリーでした。


内申書におびえたり、点数主義の中学時代。
ある日、デキがそれほどでもない男子生徒の部屋に、明日のテストの問題と回答がパラリと舞いこみます。
それを勉強していくと、なんと本物ではないか!
いきなりの高得点に、教師も親も大喜び・・・冷めた目でそれを眺める本人。


すると、こんどはテスト漏えいが拡大し、全員が高得点になる事態に!
こうなるとテストにはならないので、無効になって・・・と、話が飛躍していきます。

そこへ教師の体罰やら、えこひいきやらの問題が露呈していきます。
実は、別の中学の2年生の3人の生徒はプロの探偵局を開いており、それがシリーズの主人公。
優秀な局長は女子生徒・・・ああ、この時代を反映しているんだ。
と、まあ話は展開していきます。

Rくん、いやいや楽しめましたよ!ありがとう!

「霊の住む島」と「人魚姫」 カミラ・レックバリ 集英社文庫

2000年台に入って活躍しだした北欧ミステリーの(スエーデン)女性作家のひとり。
私のブログでは2012年9月「死を啼く鳥」をアップしているが、それはシリーズ4作目。
それ以前の3作は、その前にしていた別のブログで書いていたようだ。
この前のように思えるのだが、時間観念が無くなっている。
オソロシイ。

この作家の本は、書店の棚にいつもならんでいた気がするのに、今や図書館でしか手に入らない。
ついでに書くと、すごい美人・・・しかもスリム。
上記2冊を借りだした、



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ドラマ化されたものをミステリーチャンネルで放映していた・・・見なかったけれど。
小さな田舎町で、幼なじみだった作家エリカと警察官になったパトリックが、ある事件で再会。
殺されたのはエリカの友人、しかもエリカが第一発見者という再会だった。(「氷姫」これはおもしろかった!)

このシリーズ、ミステリーとしても面白いし、主人公カップル(パトリックの初恋が実ってカップルとなる)や周囲の人々の話も面白く示唆に富む。

北欧らしい、結婚に関する意識もおもしろい・・・あたりまえのように同性婚あり、事実婚あり。
一方、高齢者や地方では、そういったカップルへの偏見は根強い。
DVや被害者のシェルターも、頻繁に登場する・・・主人公エリカの妹は、DV夫に耐え切れず、とうとう殺害。
刑に服することなく無罪となるが、このあたりは読みごたえがあった。

健康への意識が髙そうでいて、自然環境の関係か、登場人物がやたら甘いものを食べ、砂糖をたっぷり入れたコーヒーをガブガブと。
都会人の健康志向を、地方の住民は軽蔑の目で見る。
「砂糖の入っていないティーだって?」「甘さの足りない小さなケーキ?」と不評の様子。

リアリテイ番組がここでも登場。
ヤラセやら、番組付き心理カウンセラーやプロデユーサーの誘導やらあおりやら。
SNSが登場するのは、シリーズでも最近のことだ。
だから地方紙や都会の大新聞の扱いなどもおもしろい。

さらには、すでに移民への排斥運動の動きはあったようだ。
背景にナチスへの協力者やレジスタンス運動のもつれの話も合った。
現在発生した殺人事件は、必ず過去の事件とかかわっている設定なのだ。
それらがラストでうまくかみ合ってくる・・・・同一パターンなのだけれど、おもしろい。
「霊の住む島」では、いかにも北欧らしい霧のかかった海に消える幽霊たちと死んでしまった幼子のシーンとか。

雨続きの日々、風邪も引いたしゆっくり読書をしていた。
登場人物よりマシ、と言い訳しながらお菓子をパクパクと。いけませんな、これは。

「影のクロス」 姉小路 祐  講談社文庫

以前のブログに書いていた北欧ミステリーのシリーズを読み返していた。 このブログだと思ったが、それよりもっと前だった。
ほぼ年1回出版のペース・・・最近の2作ほどは未読・・・後日、初期の3作もまとめてアップしよう。


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雨続きの日本各地・・・まだ10月なのに、すでに冬装束だ。
マットやスリッパなどの小物も、冬モード・・・でも、まだ週末には台風が来るって?
10月20日現在、明日の雨の予報のため、京都の時代祭は中止とのニュース。
予備日も雨だし、延期ではなく中止。
関係者、たいへんだろうなァ~観光関係に警備関係者。


というわけで、この本をアップする。

著者は京都生まれで、作品の舞台も京都。
登場人物の老若男女の京都弁も手慣れたもの・・・でも、大阪人の私でも、ここまで京都弁を使い倒す男性は、お目にかかったことはないけれど。


サブタイトルは「監察特任刑事」とあるように、内部監察を監察する新しい部署の30代半ばの係長が主人公。
主人公は滋賀県出身で、京都にある祖母の家で暮らしていて、趣味は香道。
祖母やら香道の先生に、京都の詳しい歴史を教えてもらいつつ捜査に生かす・・・作家さん、プロットに工夫しはったんやねェ。


主人公は、元税理士で、事務所の内部告発をした縁で、京都府警の特別職枠で中途採用される。
経済事犯の帳簿調査が仕事で、捜査2課にいたが、上層部の肝いりで監察の仕事に抜擢される。
なぜか?
特別枠で中途採用なので、警察学校には、いっていない、そのため「同期」がいない。
警察学校で叩き込まれる(洗脳される?)組織としての知識と、団結心が強い同期がいないのでシガラミがない。
ある意味不利な点を、強みとして抜擢されるが、この本では守勢に回った組織からはイヤミタラタラ~だ。
「君は特別枠採用だから、警察学校にはいっていないのだね」と、何度出てきたセリフか。
それにしても、これ、ある程度まで真実をついているのかなァ???


観光都市京都の警備上の問題点とか、トレンディな問題意識である。
警備部って秘密主義だって~ホント?

実は、これには前作があり、2015年9月「監察特任刑事」をアップしている。
こちらの方が、分かりやすい設定で、しかも「ありえそう」な背景事情だった。
この本は、裏組織や学生運動の名残を引きずっている人物とか、テロを装う爆発事件とか、ちょっとなんだかなァ。
世間の流れについていけなくて、裏事情を理解できないワタシなのか?
いや、これは「作り物」すぎる設定ではなかろうか。

そんな気持ちで読んだ1冊である。

絵本「銀のしずく降る降る」 知里幸恵「アイヌ神謡集」より 星の環会

「銀のしずく降る降る」 知里幸恵「アイヌ神謡集」より
          知里むつみ修訳  横山孝雄絵  星の環会

ボランティア活動の中で読んだ絵本である。


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アイヌの話・・・・若くして亡くなった知里幸恵と言語学者金田一京助の話、口承の叙事詩「カムイユカラ」の伝承者としての話・・・高校の現代国語で読んだ記憶がある程度。
そんな程度の知識しかなかったが、ボランテイア活動の中で、ゆっくり背景説明を聞き、国立民族学博物館のアイヌ展示を見ながら絵本の1ページ1ページを読み直した。

各ページには、いろいろ工夫を凝らして、文字がなかった口伝の読み聞かせの雰囲気を示唆するものがある。
カタカナ表記のアイヌ語の部分を、ちょっとゆっくりリズムや抑揚をつけて、自己流で声に出して読んでみる。

きっと子供たちは目を輝かせて聞き入ったのだろうな。
特に長い冬、そんな話を炉べの炎を見ながら、聴覚や視覚を総動員して、体の中に取り入れていったのだろう。
生きていく知識・自分たちの民族へのプライド、そして他者への優しいまなざしとか倫理とか。
それに対して、現在の私たちオトナは、次世代に伝えるべきことを伝えているだろうか。

博物館に移築されたチセ(家)の炉辺を思い浮かべる。
オトナが語りきかせる自分たちの神々のはなし。
欲張りな者をいさめ、それでもなお、そういう者たち(和人など)も共に生きようとするフトコロの深さ。
そういうアイヌの精神が、歴史的には、和人のさらなる侵略や搾取をうんだのだろうが・・・・


北海道には、生涯で一度しか行っていない・・・・それも真冬の流氷を見に。
なので1週間滞在した割には、何か所も訪れてはいない。
交通網が不便な地だ・・・というイメージだ。

司馬遼太郎の本の中に、アイヌの歴史的文化的な疑問点を述べた文章があったなァ。
どの本だったかなァ~突然歴史上に記述が現れるとか。
衣服の簡易さから、もともともう少し南方に住んでいた民族ではなかったか~とか。
違っていればすみません・・・私の記憶間違いです。

絵本「きょうは ソンミの うちで キムチを つけるひ!」 チェ・インソン 文

絵本「きょうは ソンミの うちで キムチを つけるひ!」
  チェ・インソン 文   パン・ジョンファ 絵   ピョン・キジャ 訳  セーラー出版


ボランティアの作業の中で読んだ絵本の紹介です。画像


朝鮮半島で有名なキムチを、越冬用にたくさんつける作業の日を「キムジャン」というそうです。
近隣の女性陣が助け合い、交互にそれぞれの家の手伝いに行くようです。
そしてその日は、作業だけでなく合間に(後かな?)みんなで食事をして親睦会?

日本でも同様なムラでの助け合いとか集まりとか、あったのでしょうね。 
いえ、今も残っているのでしょう。

この絵本では、ソンミの家に住んでいるネズミの一家は、いつもソンミ宅のキムチをこっそり食べています。
おいしいのですよ!
でも、いつもいつも迷惑をかけてはいけないので、今年は、人間のキムジャンの日に自分たちでもキムチをつけようと思い立ちます。

作業の指揮を執るソンミのハルモニ(おばあさん)のようすをうかがいながら、ネズミ一家はお母さんを中心にイソイソと作業をします。
人間の様子を探りに行くのは子ネズミたち。

「まず、ハクサイを塩づけするんだって!」
「粗塩だって!」
「一晩ねかせるんだって」
「ハクサイを洗って、他の具材を用意する!」
「ちょっと味見をするって、オモニがいってる!」
てんやわんやの大騒ぎのソンミ一家と、そのマネをするネズミ一家・・・

作業が終わると、さっそく漬けたハクサイで(浅漬けなんでしょうね)具材を包んでパクリパクリ!
雪が降り始めたソンミの家の庭には、今日漬け込んだ甕がずらり。
よく見ると庭の一角にはネズミの家・・・小さな甕に漬けたのかな?


かわいくて、おいしそうな絵本です。

最近、民族学博物館のビデオテークで、キムジャンの様子を撮影したビデオを見ました。(もちろん人間の作業の・・・かなり前のものですが)
女性陣の楽しそうな雰囲気が伝わるものでしたが、この絵本も、同じような雰囲気を醸し出しています。
その他の朝鮮半島のビデオもみたので、ボランテイア仲間と「韓国料理、食べに行かなきゃあね!」と、こちらも盛り上がりました。

「御松茸騒動」 朝井まかて 徳間文庫

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<strong>読書の秋の書店、何かめぼしいものはないか~と、キョロキョロ。
食欲の秋の今、めに入ってきたのはこの「御松茸騒動」・・・マツタケご飯よりシメジご飯の方が好きだけど。
表紙絵では、横に添えてあるのはスダチか?
確か、他のかんきつ類をかけて食べる地方もあるようだが、ここは関西出身の作家さんにあわせてあるのかな。




朝井まかてといえば「先生のお庭番」2014年6月アップ。
シーボルトの長崎滞在時を描いた作品である。
民族学博物館で「シーボルト展」を開催中で、じっくり見るのを楽しみにしていたが、閉幕間際の今週に、やっと超特急で見て回った。
何か書いてアップしたかったのに、残念だ。


こちらは江戸時代の御三家、尾張徳川家の話だが、なんとも人間模様がイマっぽい。
そう思いながら読んでいると、解説者も同様な感想を・・・


吉宗との跡目争いに負けた尾張の徳川家。
倹約を主張する吉宗とは違い、華美を誇る徳川宗春は、歴史の1節では放漫政治といい、別には領民の民心をつかんだ名君とも・・・・

当時、尾張名産であった松茸が、年々減産傾向となり、それを他からの買い付けでごまかして(産地偽装ですな)借金を増やしてしまう~という放漫経営。
さらに、特定業者との癒着もあり・・・・現代のどこかの企業みたいだこと。


主人公は、江戸詰めの才能あふれた尾張藩の青年。
出世欲のない覇気のない父の跡目を継ぎ、なんとか才能を生かして出世しようと考える。
正論をはき、無能な上司を馬鹿にする優秀な青年の道は・・・・出世にあらず。
左遷されて、命じられたのが「御松茸奉行」。
主人公は悪戦苦闘の中、亡き父のこと、大殿である宗春と領民との信頼関係などなど知っていく。

実際に尾張藩の林政資料で、松茸のことを目にしたのが、この作品のきっかけとか。
なるほどね。

いろいろと書きたいが、ストーリー自体は簡単なので、ネタバレになるので、このあたりで。


「なりたい」他3冊 畠中恵 新潮社

読書の秋というのに、なぜか面白い本にめぐり会えない。

手に取っておもしろそうだと思って買ってきたのに、なぜか、行きつ戻りつ入り込めないミステリーとか。
図書館で予約をかけて、待って待ってやっと手にしたのに、想像と違って残念なものとか。

夏バテもあるだろうし、私自身の問題か~と、これも「老い」かと不安にもなる。


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そこへ到着したのは、いつもの本好きな友人Oちゃんからの「玉手箱第3弾」・・・ぎっしりと本が!
膨大な読書量を誇るOちゃんは、読み終えた本を私に回してくれるのだ。
こちらの趣味を熟知しているのでドストライクゾーンの本もあれば、ちょっと隣の分野にも足を向けたら?と、さりげなく勧めてくれることもある。

こういう仲間のアドバイスって、貴重だ。
さもないと、どうしても偏ってしまうものね。


読書範囲を広げようと、ボランティアがらみで読みだした絵本の数々・・・実は3冊ほどアップ寸前で止まっている。
絵本の奥深さを知ると、なかなか書けないなァ。




大雨予報やら台風直撃予報などで、ずっと家にいて読書タイムを満喫せざるをえない週末だった。
玉手箱から取り出したのは、畠中恵の「しゃばけ」シリーズ。
ずっと読んでいて、このブログでも書いたが、いつのまにか読まなくなったシリーズだ。
長い間のおなじみのシリーズ3冊と、スピンオフの短篇集を1冊・・・久しぶりに読んだ。



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以前、年下の友人Yさんが「中学生の息子も読んでいます」とメールをくれたが、その息子さんも、もう大学も卒業されたようだ。
息が長いシリーズだなァ~千年単位の時空を超えた話だし。
江戸時代の大店の病弱な若だんなが主人公の、ちょっとメルヘンチックというか寂しげな雰囲気が漂う、独特の空気感を持つシリーズだ。

あらすじを書くほどではないけれど・・・その醸し出す空気感が、たまらない

ああよかった、本を読んで幸せ感にひたる柔軟な心は、夏バテにも老いにもめげず健在だった。

さて、気合を入れて、たまったPC雑用や読むべき資料と格闘しよう!
ウム、目薬も必要だな・・・読書タイムの「おとも」の、見ないでお皿からつまめるお菓子も用意して。
ン? しゃばけに登場するお菓子好きな妖たちと同等か???
あれ、もしかして、登場する和菓子が最大の魅力???
昨日は金平糖を久々に買おうかと手に取りかけたけど・・・キュイ?

「ミルク殺人と憂鬱な夏」  ハヤカワ文庫

「ミルク殺人と憂鬱な夏」  フオルカー・クルプフル&ミハイル・コブル  岡本朋子訳 ハヤカワ文庫

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ドイツのアルゴイ地方が舞台のミステリーで、サブタイトルは「中年警部クルフティンガー」。
正確無比な文章のドイツのミステリーでは、ときどきあまりにリアルな事件現場の描写があるので、気のちいさい私には要注意。
なんとなくユーモア小説風でもあるようなので、おそるおそる読みはじめた。
すでに4作品ほど訳されているので、おもしろければ次々と読めるし~。


中央集権的ではないドイツのこと・・・各地方の言語・文化は、かなり独特なのかな?
どの地方のナマリが強いかが、結構話題になるようで・・・・濁点交じりの方言を使う人物が登場する。
日本でも、寒い地方の人は口をあまり大きく開けない~だからズーズー弁になるとかいうけれど???
それに加えて、同じ言語でも、旧東ドイツ出身の女性秘書は、いわゆる格言が違い意味不明。
そんなあたりはおもしろい。

原題は「ミルク代」・・・ちょっとしたおこずかい程度の二重の意味があるらしい。
これはどういう風に発展するのかな?~と、なじみのない私には予想が付きにくい結末だ。

東欧の粉ミルクを代用して原価を下げる…環境問題や食の安全を啓発するのかな?と思いきや。

夏の休暇をスペインで過ごす予定だった主人公夫婦・・・アレアレ、奥様は友人と出かけちゃった!
独身を満喫するのかと思ったら、結局は仲の良いご夫婦だこと。

ちょっと初めてのシリーズなので、満喫ポイントを外して読んでしまった感じだ。
第2弾を読むかどうかは・・・ウ~ン、ちょっと考慮中。

真夏の大山&足立美術館

真夏の旅行を突然計画した。
ゆっくりと鉄道を楽しんで(乗り鉄の夫)、涼しい大山で1泊・・・涼しく館内から足立美術館のお庭を鑑賞の予定。
とはいえ、そうはうまくいかないもの。

なんといっても一旦涼しくなった日があったものの、またしても酷暑!!!
大山以外は、米子あたりはフェーン現象で暑い!


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まず往復のルートを変え、行きは智頭急行「スーパーはくと」で、米子へ。
第三セクターとなった智頭急行は新しい車両で、夫は「初めて乗る!」と大はしゃぎだ。

スラッと鼻先の長い先頭車両で、座席の背面には路線の名産品の木を使ってある。
座席間も広く、ユッタリと・・・なるほど、新型車両だ。

最後尾の車両だったので、鳥取でほとんどの乗客は降車して(ビジネスマンが多いなァ)、広い窓を独り占めしたカメラ小僧ならぬカメラ爺の夫は、ご満悦。

いいことずくめのようだが、なにしろデイーゼル車・・・・騒音が!
山間部の路線なので、揺れる!揺れる!
スピードを上げようとしても、出力不足であがりきらない。
必死の音量で走る車内は、やや聴力が衰えてきた私たち夫婦には、思うように会話ができない。
すれ違い列車待ちで停車した時だけ、会話成立・・・・残念!(いや、本心ではそれが良かったけれど)




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日本海の海の幸は、ゆっくりと堪能できそうになかったので、米子駅前でのランチで選択。
隠岐の島からの直送の白イカ丼with大山ソバと、刺身定食with宍道湖シジミのお味噌汁。
白イカは、当たり前だが白いので、ただごはんが盛ってあるだけにしか見えないが・・・

人気のお店らしくて、どうも学会で集まった先生がたのお昼とかちあったらしい・・・店内は満員。
午後の発表に間に合うようにか、あっという間に全員退出して、のどかなランチ風景になった店内だ。
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さて、大山寺へ。
どんどん外の温度が下がっていくのがわかる。
車の窓をあけ、涼しい風を胸いっぱい吸い込む。


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数十年前に来たはずの大山寺・・・記憶と違い、急な上り坂。
広い道を下って行った気がするが・・・本堂が入口より低い位置はありえない・・・あれ、どこの景色だろう?

予想と違ったので、階段も一段一段が高く、足の悪い私には、登りにくい・・・石畳も、荒い石で歩きにくい。
ツエを持ち、手すりは横向きでつかんで、まるでロッククライミング状態!
集中して歩いていて、道を間違えかけるほど・・・「修行」だわ、これは。
歩けるところだけの一部お参りとなった。
涼しいからよいけれど、これが大阪なら、間違いなく熱中症だとおもいつつ。


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宿泊したホテルへの道中、また部屋や館内からの日の入と日の出の景色が見えた・・・これはキレイだった。
思ったより、海と山が近い。

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翌朝、蒜山方面の道を走り、景色の良い鍵掛峠へ。
少し待っていると、風が強いのでオヤマのてっぺん出現!
知らなかったが、この角度からみると、伯耆富士という優しいイメージと違い、荒々しい山肌が見える。
ほとんどすれ違う車もないのに、ここ「鍵掛峠」だけは、数台の車が停車中。
雲が流れて「オヤマのてっぺん」をみる風待ちだ。

道中の砂防ダムなどは、初めて見る景色だ。
予想以上に楽しいドライブだった。

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その後は、足立美術館。
庭園も美しいというか、管理が徹底している。
でも、真夏の光線の強さは、ちょっと美しさを削いでいるかもしれない・・・・残念。
秋はすごい人出だろうし、「春から初夏がオススメ」という常連客(?)の声が背後でする。
そうかも~。

急な暑さで、館内のエアコンも場所により効いていたり効いていなかったり。
真夏でも観光客は多い。
バスに合わせて、駆け足で回っておられる・・・・「また来よう」とつぶやきながら。
交通の便が悪いのが、確かに残念だ。

収集品の横山大観の多くの作品を見たかった夫。
満足のようす。
私は、橋本関雪の描く動物の毛足のリアルさにビックリ。


ここは、多くのTV番組でも紹介してあるので、写真や詳細な報告は割愛する。
ただ、すべて駆け足で回るより、見たいものだけに絞って時間をかけるほうが良いと感じた。


帰路は、伯備線(こちらは観光客ばかり)と新幹線利用。
やはりカーブの多い路線で、トイレに行くのはバランス競技のようだ。
でも、ディーゼル車ではないので、智頭急行より静か・・・でも、車内はつまらない、ありきたりの内装だ。

その夜も熱帯夜の大阪・・・ああ、地獄。

「ときどき旅に出るカフェ」 近藤史恵 双葉社

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食べもの関係の情報がタップリの、ミステリー(謎解き)仕立ての短編集・・・は、私が好きなジャンル。
レストランというより、ビアバーだの一風変わった注文を受け入れる料理屋だとかが舞台。
料理人が、元刑事だったり、またはその職業的な視点から観察力がタップリだったり・・・・
本好きなOちゃん、「これはどうか、あれもオススメ」と、次々いろいろな料理ミステリー(というのかな?)を、推薦して渡してくれる。
また、そのどれもが私にはドストライクのものばかり・・・専用司書さんがいる気分だ。


この本は、あまり読まない作家さんだが、同じようなジャンルの本を読んでいる。
2014年9月「タルト・タタンの夢」

大阪出身・・・・作品に関西風味はないが、なぜか同感する作家さんは、関西出身者が多い。
あっそうか、食い意地がはっているのが、どこからかにじみでる???

これはちょっとおしゃれなカフェが舞台。
それに絡んだミステリー仕立てのエピソードは、ちょっと目新しい設定。

古い言い方だが「お局さん」的存在の30代半ばの女性・・・一人暮らしで、実家とのつながりも濃くはない。
フラッと新規開拓で立ち寄ったカフェ・・・居心地の良さそうな、あまりうるさく立ち入らないスタンスの店側の感じ。
そこにいたのは、数年前に会社を辞めた後輩・・・どうも彼女がオーナーらしい。
それほど親しくなかったが、なぜか慕われていた実感がする。

あらすじとすれば、このまだ新しいカフェが定着するまでの、オーナーとその家族との骨肉のあらそい、といった
ところ。
それをとりまく人間関係のあれこれ・・・・ケチをつけることが仕事の有能な女性客。
でもそれは自分自身も豊かにはしてくれず、人柄を枯渇させる。
ちょっと気になる設定だ。


それとは別に、この本の料理ウンチクは・・・
月はじめは、必ず休みをとるこのカフェ。
オーナーの女性は、旅行に出るとか、新製品を開発するとかに、この期間をあてる。
お気楽な経営とみるか・・・研究熱心なとみるか・・・・この立ち位置が、ああすじとかかわってくる。

世界のあちこちの料理というかスイーツが登場。
トルコのパクラヴァというすごく甘いスイーツ。
それを食べたことがあり、おいしかった。
トルコのお菓子は甘いもののようだが、その理由がよくわかった!
鴛鴦茶・・・香港のもの・・・いわれは知っていてけど、この本の中でオーナーに説明されると、もっとよくわかった。

今気が付いたが、このオーナーと同名の後輩がいる。
スリムで口数も多くはないが、かなり有能なテキパキ(でも静かな)タイプ。
その後輩のイメージで、この作品を読んでいた気がする。
大声は出さずに、ちょっとハスキーで。

「幻坂」 有栖川有栖 角川文庫

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関東は、夏らしい夏ではなく雨ばかり・・・と、ぼやいておられる様子。
こちら関西は、お盆過ぎればもう少し湿度が下がるはずなのに、蒸し暑いわ、とにかく高温だわ・・・
汗いっぱいかいて、なんだか顔じゅう塩を吹いているみたいなチクチク感。

さて、涼もうと書店にいけば、この本が平積みされていた。
あまり読まない作家さんだが、大阪出身なので天王寺動物園を舞台とした短編が記憶に残る。
このタイトルの「坂」は大阪の坂のこと。

今は大阪と書くが、大坂と書いた時期もあり、ゆるやかな坂道が多い町でもある。
長崎とか尾道のような山を背負った急な坂ではなく、台地へ向かってのゆるやかなもの。
「坂道」ハイキングとかと称して、歴史的な場所を巡る1日歴史ハイキングなどの宣伝を目にすることもある。
車で南から北へ向かっていると、「坂の町だナア」と実感する場所もある。

そんな天王寺を中心とした、歴史的背景のある坂を舞台に、大阪人の老若男女の物語。
キタというか阪神間に生活圏のある私としては、知っているけどナジミはない地域だが、やはり楽しい。

愛染さんと親しまれる愛染坂にある神社は、お祭りに20年ほど前には毎年のようにかかわっていた。
先日来、TVのニュースでは参拝客というか、祭りでハメを外す若者(?)に宮司さんが業を煮やして中止または縮小化を検討されているとか。
う~ん、この短篇集のような趣がある光景というかエピソードは生まれる土壌は無くなってきているかも。

趣きというか、現実とあの世との狭間をクッキリさせる短編ばかりだ。
でも、オカルト的ではなく、こういうのが苦手な私のギリギリ許容範囲である。

「シャキシャキ」サラダから「ヨレヨレ」サラダへ

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これは昨年8月にアップした写真。
夫が親戚としている畑作業の収穫物を使ったサラダだ。

シロウトなので植える適量が分からず、昨年は大量の夏野菜!
周囲の方々にもご協力いただいて、せっせと夏の恵みを食べた。

育ちすぎた巨大キュウリは、大きくゴロゴロと切る・・・この写真では、少々カッコつけて小さ目だ。
色とりどり、サイズも形もまちまちなトマト。
タマネギもレモン果汁などで酸味を利かせてさらしておく。
時にはオリーブなども加えたりしながら、「シャキシャキ」「ゴロゴロ」サラダを、飽きもせず毎日のように作って、夏野菜の大量消費をしていた。

美味しかった!



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さてこちらは今年のサラダ。
春先に病気をした夫の分も他のメンバーがカバーしてくれて、昨年ほどの収穫量ではないが、たくさんの夏の恵みを満喫している。
今年もサラダを作りながら、ふと気が付いて思わず大笑い。

巨大キュウリは、せっせとスライサーで薄切りに。
トマトは湯がいて半分に切り、硬めの皮は取れやすいように・・・シナシナに。
タマネギは、しっかりさらしてシンナリと・・・・というかグチャとさせる。
酸味は控えめのドレッシングにする。

この変化は、何???

実は、夫婦そろって歯の治療の影響で固いものを避けている。
酸味の強いものを、あわてて飲み込んでエホエホとむせる高齢者あり・・・・夫だ。
だから酸味控えめで、塩分控えめのドレッシングにする。
そのために、今年のサラダは「シャキシャキ」感とはほど遠い「ヨレヨレ」感たっぷりのもの。

この1年の老化のスピードに愕然とする。
でも、夏の恵みを堪能できる程度の健康を与えられていることには、大きな感謝をしなければならない。
そんなことなど考えながら、今朝も「ヨレヨレ」「酸味控えめ」サラダをパクパク食べている。

野菜の話など

夫が身内の同世代とやっている畑は、昨年は驚くほどの収穫量だった。
贅沢な苦労話(さまざまな料理に四苦八苦して挑戦したこと)を書いた。

そのグチが災いしたのか、今年はデキが悪い。
春先に夫が短期間だが入院したり、他のメンバーも、なにやかや~と。
慣れというか慢心もあってか、作業が遅れ、惨澹たるデキである。

とはいえ、最近の地道な努力により、少しだけだし見た目も悪いが、「夏の恵み」を享受している。


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これは、ある日の収穫。
「最近、畑はどうしたの?」と、ご心配いただいてる方もおられるので、ちょっとご報告。




さらに、カミングスーンのお知らせ。

身内の小学校高学年の男児が、ブログに興味がある様子。
最近読書にはまっているらしくて、その感想を書いてみたいのかな?
年令が近い身内の私(ヘッヘッヘ~???)なので、よければこのブログに「下宿人」として記事を載せてあげてもいいよ~と、返事した。
夏休みの社会体験~ってところ。
でも未成年なので、両親の承諾待ち。

最近の社会の教科書では、SNSの使い方などの単元もあってビックリ。
半世紀前の私が小学生のころ・・・イヤ違った、話に聞く昭和時代の話とは、ずいぶん違うものだ。

今後、「下宿人R」の記事をアップした時には、どうぞ温かい目で読んでやってください。

「蝶の力学」 麻見和史 講談社文庫

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ただしくは「蝶の力学 警視庁殺人分析班」というタイトル。
ノベルスでは「警視庁捜査一課十一係」というシリーズ名だったが、順に文庫化されているものは「警視庁殺人分析班」というものに変わっているそうだ。
シリーズも七作目となる。

シリーズ名は、新しいものの方が、「謎解き」を魅力としていることが、よくわかるかも。
渡瀬恒彦のTVドラマと、紛らわしいネーミングなので、避けたのかも。

このシリーズは、私が苦手な猟奇殺人を扱っていることが多い。
でも、この作家さんのものは気にせず読める。
「心の闇」うんぬんを語るのではなく、「謎解き」に至る班の中でのやりとりが分かりやすいからかもしれない。
班での議論のシーンが面白いが、ここでは新人の主人公(女性刑事)が記録係りでまとめていく。
そのプロセスで、読者は再度ストーリーに敷かれた伏線やら新しい観点を復習できる。
それが、このシリーズの面白いところかな?

主人公の亡くなった父も警察官(捜査一課)という設定は、ドラマでもよくあるけれど、現実はそんなに捜査一課の捜査員ばかりでもないだろうに?
小柄で、とりえも特別になさそうな主人公が、女性登用の路線からか捜査一課に特別研修のような形で入ってきた・・・男性警官のねたみあり、女性警官のあこがれに祭り上げられたり・・・・本人は、いたってフツーの女性。
音道貴子(乃南アサの作品の主人公)とは全然違うタイプだ。

シリーズを重ねると(異動はないのか?とつっこみたくなるなァ)、周囲の人間関係が少しずつ深まってきた。
今では、謎解きと社会への問題提起が、ほどよくブレンドされているってところ。

ところで、タイトルにこる作家さんなので、いつも意味が測り兼ねる。
蝶の羽のかすかな動きが、まわりまわって遠くの大きな動きを引き起す~という意味らしい。
作品中に3回ほど引用されるが、分かったようで分からないなァ?
「風が吹けばおけ屋がもうかる~的な?」と、作品中に聞き返す登場人物がいたけれど、それじゃあ即物的すぎる表現すぎるよな。
蝶と、死のイメージをだぶらせる表現は多いけれど・・・なぜかな?

このシリーズ、けっこうはまっており
2013年10月「蟻の階段」、  2017年「雨色の仔羊」など
どの文にも「タイトルがわかりにくい」と文句を書いている…センスがないのかな、私。

「花しぐれ」&「ご破算で願いましては」 梶よう子

Oちゃんから届いた本が詰まった玉手箱、まだまだ入っている。
この「暴力的な暑さ」(ある人が使っていた表現だけど、確かに!)のなか、清涼剤のような2冊を読んだ。



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「花しぐれ:御薬園同心 水上草介」 梶よう子 集英社
これは、東京小石川にあった幕府直轄の薬草園が舞台の話、シリーズ第3作目。
2015年6月「柿のへた」「桃のひこばえ」のシリーズ1作と2作の感想をアップしている。

澤田瞳子の京都の薬草園を舞台にした作品をアップしたところ、それを読んだOちゃんが「似たような設定」と貸してくれた。
小石川養生所をはさみ、二つの大きな薬草園があったそうだ。
そこで、腰に刀ならぬ「庭ばさみ」をぶら下げた青年が、同心として働いていた。
医師も登場・・・幕末のため、長崎から入ってくる蘭学も取り入れようとする人や、それを否定するのではないが、国体がもたない時期が早いと考える幕閣の意向とか。
なかなか、おもしろい話である。

主人公の青年同心、勉強のため紀州藩に行くことに・・・。
現代なら、海外赴任が決まり、結婚の時期を逃しては大変と焦る両親、っていう構図だ。

平安の時代が長く、庭ばさみはぶら下げても刀はダメな武士・・・剣道に励む武家の娘。
現代にいきる作家さんの設定らしいことだ、と思わず笑う。




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「ご破算で願いましては:みとや・お瑛仕入帖」 梶よう子 新潮社
同じく江戸時代が舞台だが、こちらは庶民の話。

主人公は大店の娘だったが、両親が事故で亡くなる・・・交通事故ではあるまいし???カゴ? ウマ?
いえいえ、大きな川にかかる橋が崩れるという事故、うんこれならあり得るか。

何でも屋を、兄と開くが、いわば百均・・・うまく現代のものを使ってくる作家さんだこと。
こちらは、人情噺。

「銀の猫」 朝井まかて 文藝春秋社

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文章教室の先生が、ときどき面白い本を紹介してくださる。
今回は「朝井まかて」という作家の「銀の猫」。

猫嫌いの私なので、書店で積み上げられていたとしても手には取らないタイトルである。
でも、先生がざっと紹介された内容が面白かったことと、以前読んだ朝井まかての本がおもしろかったので、さっそく読むことにした。
 2014年5月 「すかたん」   2015年10月 「恋歌」  2014年6月 「先生のお庭番」 
 2015年1月 「ぬけまいる」  
あれれ?4作品も読んでいる? 


江戸時代は幼児の死亡率は高かった、とはいえ、80や90歳の高齢者も、そこそこ居た~と、オビの宣伝文。
親孝行が奨励された時代・・・養生訓が読まれて、ある意味での健康志向が高かった時代で、現代にも通じるものがあるようだ・・・史実かな?
儒教的な親孝行が奨励され、介護の担い手は、商売であれば店を継ぐ、武士であれば家督をつぐ長子、男性であった・・・との文章が出てくる。 史実もそうかしら?

結論として、「江戸時代にも介護の問題はあった」という面白い点に着目して、虚実混ぜ合わせた意表を突くテーマだと、先生の説明を聞いたが。
たしかにその通りの本であった。


裕福な家では、介護に人を雇うが、なにかしら後ろめたさを持つ家族とか。
老人の世話をした人ほど、「自分は周囲の世話になりなくない」というのはナゼ?・・・確かに、現代でも同様だ。
ピンピンコロリと死にたいと人はいうが、そうでないゆっくりと老いを迎えるのは、なぜ否定される?

今でいうヘルパーさん、特に終末期の老人の世話のベテランである主人公は、いくつもの家族の在り方に疑問をもったり、教えられたりする。
その主人公が持つ実母とのいさかいも、実はそれぞれの気持ちひとつで、考え方一つで、まるで違った真実が浮かび上がる。
人生の生き方も、終わり方も、同様だ。

少々気の重い話もあり、ページをめくる手が遅くなる個所もあった。
「どうしてそこまで意地を張ってがんばるの?」と主人公が持つ疑問は、私の疑問でもあった。


最後の終り方・・・綺麗にまとまりすぎるが、納得できる終わりかただった。
これは江戸期を舞台とし、仮想した現代批判の小説???
そこのところ、この作家さんの本は、どれも微妙だ。
宇江佐真理のように「これは現代劇」と主張する作家さんもいるけれど。